51 / 96

番外編

「女装コンテスト?」  怪訝そうな声になった蓮に、マリナは笑顔で頷いた。 「奥様が先日、『楽して儲けられる仕事ってないかな』と仰っていましたので。このマリナ、探してまいりました!」  にゃん、と言いたげに可愛い顔でさらっとえぐい仕事を言いのけたマリナに蓮は後退ったが、マリナと仲の良い使用人たちが扉側に立ち蓮の退路を塞いでいるのを見て蓮はがっくりと項垂れた。 「安心しな! この私が腕によりをかけて仕立ててあげるよ!!」  使用人たちがマリナによって召喚された怒りのマダムのためにさあっと道を開ける。裏切り者、と内心でぼやきながら最後の救いとばかりにウルの姿がないかキョロキョロした蓮だったが、敏いマリナはニヤと微笑む。 「残念ながら、旦那様は急遽陛下の晩餐会に呼ばれたとかで少し帰りが遅くなるそうですわ。その間にコンテストも終わりますから、ご安心を」  ひえ、と小さく悲鳴を上げた蓮だったが、がっしりと捕まってしまった後、固く部屋の扉は閉ざされてしまったのだった。 *** 「女装コンテスト、ですか?」  さすがにうんざりとしてしまったのを悟られないよう、ウルは軽く咳ばらいをしてアルラ王の言葉をおうむ返しにした。 「うむ。国民たちが考案した祭りではあるが、毎年大層面白いという噂らしいじゃないか。折角だから神子を連れ出して見せてやれば、少しくらいは気が晴れないかと思ってな」 「……神子がそんなことで気が晴れるようなお方なら、楽なんですけどね」  余計に気分が重くなったウルだったが、アルラ王には恩義もある。王自身の気晴らしにもなるのなら付き合うのも仕方がない、と考え直すと、今日の護衛につく部下を選び始める。 「なんならエイデス、お前もコンテストに出場を……」 「固くお断りします。おい、オーヴァ。お前去年舞台側の警護を兼ねて参加しただろう? 今年も出場したらどうだ」  ええ?!と困惑の声を上げた部下に一瞥をすることもなくウルは黙々と準備を整え始める。たかが庶民の祭りだと周囲は思っても、王が動く以上常に真剣に任務はこなさなくてはいけない。それがただの余興であっても。 *** 「今年はレベルが高いみたいですね。……この場違い感がいっそのこと、快感になりそうですよ」  際どい衣装を身に着けた部下のオーヴァが、化粧を塗りたくった顔で半泣きで話しかけてくるのを、ウルが表情を変えずに聞き流していると、一人ずつコンテストに参加する者たちの紹介が始まった。最初は一人ひとりアピールを行い、最後に一列に並んで優勝した者には金一封と、今年は庶民たちに大人気の劇団員に応募者とセットで抱きしめられるという良く分からない特典がついているそうだ。  夕闇が近づく中、ステージは明るく照らされているが観客側は暗いので、王と神子がいることを誰も気づいていない。神子はといえば相変わらず俯ていたが王は神子に殊更明るく振舞っているのが見える。  順々に参加者たちのアピールが続いていく。誰しもが笑っていたが、何がおかしいのかウルには分からない。職業柄もあるのだろうが、常に己は人々の見えている景色の外にいるのだな、と思うことがある。自分だけが違うから、混じってはいけないのだろうと。 「さーて、次は……レンさんでーす!」  レン、という名前が聞こえてウルは素早く反応した。めずらしい名前ではあるがまさかここにいるはずもないだろうと恐る恐るステージを見て、それから絶句した。 *** 「こ、こんばんは。レンと申します」  ちょこんとステージの真ん中でお辞儀をしたのは、特徴的な琥珀の大きな瞳を持った小柄な少女、に見えた。茶が強めな長いウィッグをつけて後ろで複雑な結われ方をしており、服装は寝衣に使っているようなデザインに似てはいるが上から更に羽織らせたり飾り紐で結び付けたりとあまり見たことがない仕上がりになっている。歩き辛そうにしているのでいつ転ぶのではないかとウルはハラハラしていた。  間違いようもなく己の伴侶だが、最初に見た時よりもしっかりと化粧を施されていてどこからどう見ても男には見えない。細い腰が飾りひもによって強調されているのが目に毒だ。 「レンさんは本当に男性、でしょうかあ? 何か得意なことはありますか?」 「男です、ばりっばりに男ですから!! 得意なことってなにもないんですけど……えーと、子どもの頃にやっていた空手の型を披露してみます」  そう言って深々と頭を下げた蓮だったが、す、と流れるように動き出すと銘々に陽気に騒いでいた人々が一斉に静まり返った。集中しているのか、いつもニコニコとしていることが多い顔も引き締まっていて、舞台のあちこちに幾重にも焚かれている松明に照らされたその顔は美しく、普段の蓮とはまったくの別人のようだ。かたく口を引き結び、琥珀の瞳が炎を映すその様は鬼気迫ってもいる。まるで舞うように動いて最後にまた深々とお辞儀をすると会場から割れんばかりの拍手が起こった。いやー終わった終わったという心の声がそのまま表情に出ていて、すっかりいつもの蓮だ。 (……驚いたな)  ウルが知る蓮はいつも鈍いというかタイミングや運が悪かったりして、目を離したり放っておいたりするとひやひやさせられる小さな子どものような面がある。そんな彼と同一人物なのか、と思わせられた驚きにウルが目を瞬かせていると、また他の出場者たちの出番が続き、部下のオーヴァに至っては王城あるあるを披露して王一人にだけウケていた。 *** 「ではコンテストの結果ですが……皆さんの猛烈なプッシュで、レンさんに決まりましたー! 先ほどはとても格好良かったですが、見た目は完全に美少女ですね。さあ、レンさんを推薦したマリナさんもどうぞステージへ!」  確かに筋肉ムキムキのガタイがいい女装男子たちが蠢く中で、一人だけほっそりとしていて顔も可愛ければ目立つだろうが、さすがに優勝は大げさだなとウルが苦笑していると、一際大きな歓声――特に、女性の――が沸き起こってウルが視線を動かす。己と同じかそれ以上に背が高い、すらっとした面立ちの整った男が現れた。派手目の衣装を身に着けているのでこれが本日の特典だとかいう劇団員なのだろう。マリナが檀上から黄色い声を上げているので、これのために蓮を連れ出したのだな、とウルは早々に見当をつけた。マリナは頭が良く機転もきくのだが、時々主人であるウルの考えなど知らぬとばかりに自分の欲望に突っ走ることがあるのが玉に瑕だ。   (だからといって、あっさり流されているレンもレンだ。帰ったら仕置きだな)  ウルが段々と苛立ちながら見守っていると、きょろきょろと動揺しながらステージの中央に立っている蓮に劇団員の男が近づいてきた。最初にマリナがぎゅ、と男に抱きしめられる。猫のメイドは鼻を押さえながらふらりとよろけたのが見えた。 「美しいな。先ほどの舞も独特で素晴らしかったです。良かったら我が劇団にいらっしゃいませんか。私の花嫁として」  きゃー、と更に黄色い声が沸き起こる。男の腕に蓮の細い腰が抱かれていて、ウルが冷静に見ていられたのはそこまでだった。 「いやあ、もう暑い季節のはずなのに、ステージですごい寒い思いしましたよ~」 「オーヴァ、その外套を借りるぞ。それから、緊急事態により離脱するから、この場の指揮はオーヴァに頼む」  悄然としながら戻ってきたオーヴァが纏っていた薄めの外套を奪うと頭から被り、舞台へと続く花道へとひらりと飛び上がる。 「おおっと、アルラ随一の色男がプロポーズだ! このまま結婚式か?!」  そんな司会者の煽り文句に会場が一気に沸き立つ中、民衆の前に現れたのは薄紫の外套を頭から羽織った背の高い男だった。そのまま女装をしたままの蓮の手をしっかりと掴むと、暗がりに向かって走り始める。「おい、待て!!」と色男が大声を出して制止し始めたのを無視して駆けて行くと、民衆たちはどよめきながら彼らに道を譲る。 「これ、これ……映画で見たやつだ! 『卒業』だ!!」  蓮が何か喚いたがそれも一切無視してウルは何度も躓きそうになる伴侶を最終的に担ぎ上げ、夜闇に消えたのだった。  その後。  アルラの国民たちの間で、カラテという『舞』が流行ったとか流行らなかったとか。怒りのマダムがエイデス家の奥方に貸し出した三着目の衣装も結局戻らなかったとか。そんなちょっとした噂話が現れてはすぐに消えていくのだった。 Fin.

ともだちにシェアしよう!