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4 - Ⅲ 葬儀の日に
彼がその知らせを受けたのは、長期休暇を取った一日目の朝であった。彼女が紡ぐ言葉に彼の思考が一瞬止まり、そして動き出す。そんな中脳裏を過ぎったのはその知らせにはそぐわない「タイミングを狙っていたとしか思えない」と言う言葉であった。その知らせは、母から齎された父の死であった。
「遠い所、ごめんね」
バカンスの予定をキャンセルし戻った実家で息子を迎え入れた母は、少しだけ困ったように整った顔に笑みを浮かべる。彼女がもっと気落ちしていると思っていた彼は、母の表情を見て彼女は父が死ぬ事を知っていたのだと言う事を理解する。「いいや、元々今日から休暇だったから大丈夫」それだけを告げ、既に灰となっている父が収められた壺に視線を投げる。
「あなたには言うなって言うのが、シュンメさんの希望だったのよ」
懺悔するようにそう告げた彼女の言葉に小さく頷いた青年はじっとその壺を見詰めていた。「そっか、親父らしいや」漸く口にした彼の言葉に「でしょう?」と彼の母は少しだけ悲しげな色が混じる笑みを浮かべた。彼の父と同じ母のダークブルーの瞳はそれでも美しく柔らかに笑みを湛えるのだ。二十八になった青年は、彼らの馴れ初めをあまり知らない。知っている事と言えば祖父が所長を勤める研究所のパーティーで出逢ったというくらいで、その馴れ初めを積極的に聞こうとは思わなかったのだ。そんな彼らは下手すれば親子であると言うほどに年齢差があった。――確か、まだ五十前だったよな。青年はぼんやりと未だ若く美しい母に視線を投げる。彼女よりも二十以上歳上だった筈の父は七十を超えた頃だっただろう。アジア系だからか、最後に会った頃もそんな歳には見えなかった父の事を彼は思う。平均寿命からしてみれば短命であっただろう父はしかし、己の人生を悔いる事なく全うできたのだろう。快活に笑う男の姿を脳裏に思い浮かべながら彼は静かに笑みを浮かべる。彼は遺された人間が悲しむ事を良しとはしない人だった。じいっと骨壷を見詰めていた青年に、彼の母は静かに笑みを浮かべたままに父親譲りの黒く少しだけ癖のついた青年の髪を撫でる。「今夜はもう休みましょう? 明日は葬儀だから」ダークブルーの瞳を優しく細め告げた母に、両親から「きっと隔世遺伝だ」と言われたライトブルーの瞳をゆっくりと細めた青年は、言葉は告げずに静かに頷いた。
宇宙を目指しその生涯を宇宙開発に捧げた男の葬儀は大勢の仲間達や家族に見守られながら恙無く進んでいく。壺に入った男であった灰を墓所に少しづつ撒き、男の妻であった女はそれが半分ほどになった所でその蓋を閉めた。
「残りは加工して宝石にする分と、宇宙に打ち上げる分」
こっそりと息子の耳元で囁いた母に、彼も「それがいい」と小さく言葉を返す。彼女の養父であり青年の祖父である男が葬儀を終え、自宅に戻った後に小さなカプセルへと遺灰の一部を譲り受けていった。そのカプセルは、次に打ち上げられるロケットのフェアリングに積まれるのだと青年は祖父から告げられた。
「親父も本望でしょう。自分が開発したエンジンが積まれてるロケットで打ち上げられるんですから」
静かにそう告げた青年に、母と祖父は静かに笑みを浮かべる。どうしても悲しみの色が消えない空間で、青年の祖父は話を変えるように口を開く。
「そういえば、君は空軍に入ったんだっけ。私の跡を継いで欲しかったんだけどなぁ」
青年の父と同年代である祖父は深いグリーンの瞳を細めてそんな事を告げる。祖父の言葉に「俺は作る方よりも乗る方が好きみたいです」と青年は笑った。彼はファイターパイロットになっていたのだ。空軍に入り、パイロットとなった事を両親に報告した時、父がやけに喜んでいた事を彼は思い出す。
「空を飛ぶものは大抵美しいもんだ」
そう言って笑っていた父を思い出した青年は天井の遥か上空を見るように視線を天井へと向ける。「父は美しいものを作りたがったけれど、俺は美しいものに乗りたいんですよね」重ねた言葉に「シュンメさんがよく言ってたわね、空を飛ぶ物は大抵美しいって」と彼の母は柔らかな笑みを浮かべた。
「明日はあの人の部屋、ちょっと整理したいから手伝ってね――ヴィンツェンツ」
母の言葉に、彼は「力仕事なら任せて」と頷くのだ。
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