18 / 18

第18話

今日は、先生の妹さんと食事に行く日だ。 先生が僕のアパートまで迎えに来てくれて、 車に乗り込んだ。 そわそわしてきてたまらない。 「妹とコンビニで会ったんだっけ?」 「うん。妹さんから聞いたんだね。  アイスを選んでたら偶然会ったんだ」 「俺がいない時にも会ってたから、 余計親しみ感じたのか。嬉しいことだけど」 「祐希の妹さん、優しい感じで好き」  会話は不意に途切れる。  祐希に似ている感じがして、親近感がわいている。  待ち合わせした駅には妹さんが待っていた。  今日は祐希の運転で食事に行くことになっていたため、 彼女は電車で来たようだ。 「お兄、希望くん!」  駆けよってくる彼女はジャンバースカートを着ていた。 「李奈さん、お久しぶりです」  一か月ぶりくらいだ。 「待ったか?」 「ちょうど来たところよ。今日はお兄のおすすめの お店に連れて行ってくれるのよね」 「僕も楽しみにしてたんです」 「俺も職場の同僚に教えてもらったんだ。   行くのは初めてだが雑誌とかお店のサイトでチェックはした」  祐希が、スマホの画面を見せてくれる。  今日まで教えてくれなかったお店は、  評価が☆四つで評価も高い。  レビューでも皆が満足したと伝えている。 「後部座席に乗れ」 「はーい」  助手席に僕、後部座席に李奈さんが乗る。  緊張するような人ではないのが幸いして打ち解けて話す。 「祐希ってお兄と付き合ってどれくらいなの?」 「まだ半年も経ってないです。  居酒屋でバイトしているんですけどそこで再会して、  付き合うようになったんですよ」  三人で会うのは二度目だが、まだこういう話をしていなかった。 「運命的よねえ」  運命なら、いつか離れることもないのだろうか。  胸に落ちてきた問いの答えは見つからない。  祐希が連れて行ってくれたお店は、  おしゃれだけど気取らないお店という感じだった。  ジャンプ作品のフィギュアが飾られているのを見て、  お店の人の許可を得て写真を撮った。 「巨大なオムライス……美味しそう」 「李奈さん、食べられるんですか?」 「問題ない。李奈はこう見えて大食いなんだ」  その細身のどこに入るのだろうと不思議に思う。  僕は普通サイズのオムライスを頼むことにし、  祐希は和風きのこパスタにした。  ランチタイムはドリンクサービスまでついてくるということで、  食後にアイスコーヒーを飲み、お店を後にした。  気前よく祐希が出してくれて、何だか申し訳なくなる。 「いいの。年上ぶらせてくれよ」  顔に出ていたらしい僕にそう告げてくる祐希。 「お兄、ありがとうね。私までおごってもらっちゃって。  今度は二人にごちそうするからね」  李奈さんは案外ちゃっかりしていた。 「祐希、ありがとう!」  車に乗り込む。 「三人でご飯食べられてうれしかった」 「お前、今日は別の話もあるんだろ?」  祐希は、後部座席にいる李奈さんの方に顔を向けた。  ランチの時に時々視線を感じたが、そのことだろうか。 「お兄、今年は実家に帰ってないよね。  お父さんとお母さんが会いたがってる。  心配してるみたいよ。  いちいち気にしなくても大人なんだしちゃんとやってるって、  伝えておいたんだけど」 「何か話したのか?」 「お兄に大事な人ができたって言っちゃった。  ずっと独り身ってのも気になってたみたい」 「ああ。前に帰った時にも恋人はいるのかとか言われたな」 「あの二人は大丈夫よ。ちゃんと紹介してあげて。  私だって希望くんだから応援したいって思ったの」  李奈さんは僕の知らない祐希のことを知っている? 「……そうだな。二人には心配かけたから、  今の俺を見てもらって恋人である希望を   紹介したい」  運転席にいる祐希が頭を撫でてくれた。  不安は微かに揺らいで消えないけれど。 「希望、李奈と同じように二人は  偏見で見たりしない。  同性愛者であることに気づいて苦しんだ時に、  誰よりも側にいてくれた二人だ。  俺とお前を応援してくれる」  僕は大きくうなずいた。 「元生徒だったってのは、何か言われかねないが」 「卒業して二年経って再会して付き合い始めたんでしょ。今は関係ないじゃない」  何だか泣きそうな気分になった。  元々、片思いをしていて告白も一度断られた。  卒業してまた巡り合えた二人は、  恋人同士になった。  同性同士だが、弊害はない。  僕は大学生で今は教え子じゃないし彼を先生と呼ぶ必要もない。  時々、高校時代の名残で呼んでしまうけれど  先生と生徒じゃないんだ。 「李奈さん、そうだよ。  僕は今、祐希の恋人以外の何者でもないんだ」  祐希が熱く見つめていて僕は涙まじりの笑みを浮かべる。  彼の笑顔は俺を信じろと言っているようだった。 「お前もいてくれたら心強いかな」 「ごちそうになったしいてあげる。  来週の日曜日でいい?」  来週の日曜日に祐希の実家に顔を出すことになった。 「大丈夫だっていわれてても緊張するよ。  うちの親に会ってもらうよりハード」 「そのうち希望のご実家にも挨拶にうかがうよ」  話のついでにこっちの家庭のことも言ったら、  祐希はなんてことないかのように笑った。  夕食を食べたら帰らなければいけない。  会えた貴重な日だけれど触れ合わず過ごすことも必要だと  言い聞かせようとしていた。 「来週、うちの親に会ってもらって  気持ちがすっきりできたら……」 「うん。朝までずっと抱いてね」  首筋に腕を絡めて抱きつく。  頬と頬を摺り寄せて微笑みあった。  日曜日、祐希がアパートの部屋まで迎えに来てくれた。 「ありがと!」 「こっちこそ。  親に会ってくれるの感謝してる」  助手席に乗った途端頭を抱かれ、背中を撫でられる。 「いちゃいちゃは帰ってからね」 「希望不足で限界だから覚悟しとけよ」 「馬鹿……」  祐希がくれる甘い殺し文句にうっとりしたから、  緊張が薄らいでいく気がした。 「教え子だったって話さないと、  どこで出逢ったかってことになるもんね」 「そうだな」  走り出した車の中、窓の景色をずっと見ていた。 高速道路の入口で、祐希は僕の頭を撫でて優しく微笑んだ。 「ここから高速に乗るけど、疲れたら寝ていいからな。2時間はかかるから」 「祐希が運転してくれてるのに寝れないよ」 「気にしなくていい」 頭を横に振るう。 祐希の運転は上手いからスピードが出ていても 安心して眠ってしまう。 目を覚ました時、サービスエリアの中に車は停まっていた。大きな手が、頭の上に乗っていて 時間が経ったのかと不思議に思う。 ぼーっと見つめてようやく焦点があってきた。 「声かけてよ」 「寝ぼけてるお前が可愛くて見てた」 「……ごめん。結局寝ちゃって」 「それだけ安心してくれてるってことだろ。 とりあえず降りよう。顔洗ってメシもたべよう」 「うん!」 車のロックが外され運転席から祐希が降りる。助手席から降りたらそこに、彼は立っていた。 眩しくて見上げる。 誰の目も気にしないでいいのかと悩んで、 横を歩いた。 「手、繋ごう」 「……で、でも」 「誰も見てない」 差し出された手が僕の手を掴む。 指を絡められたので甘えるように絡めた。 「希望の手は俺より小さくてかわいい」 「祐希の大きな手、男らしくて好きだよ」 普段より人目を気にせずに行動している。 お互いトイレを済ませレストランに向かった。 食券を買うと自動的にオーダーが通る。 人から離れて座らなければ……なんて 意識してしまう僕を祐希は誘導してくれた。 強引に席を決めるのではなく意志を尊重してくれる大人。 番号を呼ばれて一緒に取りに行く。 カツカレーを頼んだ祐希に対し、ナポリタンにした。 「ちゃんと食べとけ」 口をつける前にカツを一切れ分けてくれる。 僕もナポリタンをおすそ分けした。 フォークで巻いて、彼の皿に載せる。 「デザート食べるか、ご当地パンを買って 帰るのどっちにする? おごるよ」 「パンを買おう」 ランチを食べ終わりご当地パンと飲み物を買った。二人ともペットボトルのブラックコーヒーだ。 車に戻ると二人きりの空間で食べる パンは美味しくて仕方がなかった。 コーヒーのおかげで眠気は来ない。 15分ほど移動して目的地に着いた。 広い敷地の一軒家。 庭に祐希のご両親らしき二人が立っていて、 お母さんが手を振っている。 50代半ばくらいの夫婦だ。 「ただいま」 車を降りた祐希は、そう呟いた。 僕はそろりと歩いていく。 大丈夫というように笑ってくれたから、 彼に駆け寄った。 「初めまして」 ぺこりと頭を下げる。 「城崎希望くん?」 「はい!」 頬が染まる。 「よく来てくれたわね」 祐希のお母さんの微笑みは、 彼に似ていて懐かしくさえ思った。

ともだちにシェアしよう!