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第17話

同僚の先生は、女性も男性もいる。 裕希と同じ年代の女性教師もいたので、ほんのり不安になる。 (綺麗で大人な雰囲気……) 彼が、女性に興味を抱かないはず。 そう思っていてももやもやしてしまうのは、 自信がないからだろう。 仕事中にいらないことを考えたことを猛省する。 食べ終わった皿を引き取り追加で注文されたものを持ってくる。 それを何度か繰り返し、本間祐希たちは店から出た。 レジは、別の店員が担当していたため、 祐希から連絡をもらうまで彼と接触することはなかった。 「来てくれてありがとう。料理、美味しかった?」 「うん。酒も料理も美味しいから来てるんだよ。  希望もおつかれさん」  心からそう言ってくれてる祐希に醜い心を見せられない。  だから代わりに……。 「祐希、今週末は泊まりに行ってもいい?」 「お前がそう言ってくれるのを待ってた。  迎えに行くよ」 「それじゃ意味がないんだ。  電車で向かうから部屋にいて」 「うん。気をつけて来いよ」  祐希のマンションに訪れチャイムを押す。  彼が姿を現したのは割とすぐだった。 「ゆ、祐希!?」  扉が開くと手を掴まれる。   腕を引かれ、中へ入るとすっぽりと抱きこまれた。 「……お前に会いたかったよ」 「僕も」  手を繋いで部屋へ向かう。  リビングのソファーに座り見つめ合う。  どちらかが先に笑った。 「その服、かわいいな。よく似合ってる」 「ほんと? ありがとう」  大きめのサイズのシャツを着てきたのでだぼっとしている。  抱きしめられて、うっとりとする。  彼は頬をすり寄せて僕の匂いを吸い込む仕草をした。 「な、何してるの」 「充電中」 「後でいっぱいお互いを満たすのに?」 「それとこれとは別」  なんて言いながら、むぎゅーっと抱きしめる。  頬や額、顎にキスをされた。  首筋や見える部分に痕を残されたことはない。  大人としてのモラルを守っているのだろうけど、  たまには羽目を外してほしい。 「……そんなこと言えるはずないよ」 「何でも言えよ?」 「痕、見えるところにつけて。駄目かな?」 「虫刺されとして対処してくれんの?」 「消えない間は、そうする」 「……あとでな。デートしてからここに帰ってくるだろ。今は止まれなくなる」 「ああ、うん。そ、そうだね」  かあっ、と頬が熱くなる。  止まれなくなるなんて言われたらドキドキするし、  何より感激してたまらない。 (もっといっぱいして欲しくなる) 「行こうか?」  ひとときの戯れ。  その余韻が冷めやらない僕と違い、祐希はいつだって余裕。   なんでもない顔をして僕の手を引き外に連れ出す。  ちょっとだけ悔しい。  まだ幼い僕はそこまで大人になれない。  午後の日差しがまとわりつく。  7月になって暑さも本格的になってきていた。  車にエアコンを利かせても中々涼しくならないが、  いちゃいちゃはしていたくなる。 「かき氷とソフトクリームが食べたい」 「ソフトクリームが載ってる  かき氷でも食べにいくか」  大きな手が頭を撫でる。  彼はギアを入れて車をゆっくりと発進させた。 「もっとわがまま言えよ。  希望なら何言ってもいいんだから」 「甘やかしすぎだよ」 「希望はわがまま言わないからもっと甘やかしたい」  こっちを無意識で照れさせる達人だ。  高校の頃も生徒に無償の愛情を注ぐ彼の姿にあこがれた。  きっとあの頃、祐希に恋していたのは、僕だけじゃない。  でも今付き合えているのは僕だ。  ソフトクリームの載ったかき氷をお店で買い、  車に乗る。  思ったよりボリュームがあったので、  半分ずつ食べた。  木製のスプーンで食べさせ合う。  祐希は照れているようだった。  車の中でかき氷を食べて連れてきてもらったのは海浜公園だった。  助手席から降りると彼の腕を掴む。  たまにはこちらから手を伸ばしてみたかった。 「かわいいな……お前」  頭をかきまぜる仕草は荒っぽい。  こうされるのが好きだと彼も知っている。 「海風が心地いいね。暑いけどさわやか」  ベンチに並んで座る。海と青空の  コントラストがきれいでまぶしくて思わず目を細めた。 「お前と一緒に来たかったんだ。  暑いけど誰もいなくて穴場だろ」  顔を覗き込まれて照れる。 「うん。一緒に砂浜歩こうよ」  立ち上がる。  腰を抱かれて歩く。  時々見上げると彼は目を細めてこちらを見つめた。 「祐希みたいにかっこいい大人になりたい」  視線を合わせると気恥ずかしいけれど、見つめていたい。 「希望はかっこいいよ。  俺以外にハートの鍵を渡さないって決めてる  一途で健気なところは尊敬するし。  まっすぐ夢を追う姿は、そばで応援したいと思う」 「……そばで応援してて!  ずっと夢中にさせるから」  彼が夢を教えてくれた。  現実で追いかける力をくれた。 「お前な……やばいだろ」  耳打ちされて、夏の日差しみたく頬が熱くなる。 「こんなところで何言って……っ」  唇が塞がれる。  ねっとりと絡められた舌が、誘惑している。 「そんな潤んだ目で見つめるな」  そうさせたのはこの人なのに。  何度もキスを交わし、身体が傾ぐ。  情熱的なキスでふらふらになった僕は腰を抱かれて車に戻った。 「……こんなところでするキスじゃなかったね」 「我慢できなかった」  車が走り出す。  思い出の欠片を胸に宿した。 「晩御飯の買い物して帰ろう」 「うん。一緒に作りたい」  祐希の行きつけのスーパーに寄った。  人の目が気になってしまうのはしょうがなくて、  ほんの少し距離をとって歩いていたら、  おいでと視線で呼ばれて近づく。  大丈夫だと小さな声で言われて泣きそうな気分になる。 「気にしすぎ。  普通に男同士でも買い物来るだろ」 「そうだよね」  祐希の醸し出す雰囲気が親密なせいもある。  甘い空気には抗えなくてくっつきたくなる。  世間に言えない関係ではない。  (誰もいない世界で愛し合いたい……  何かの歌みたいだな) 「今日、何が食べたい。  俺は肉じゃがかな。後は味噌汁と  小松菜のおひたし」 「僕もそれが食べたい」  じゃがいも、牛肉、玉ねぎ、人参、グリーンピース、  しらたきを買い物かごに入れた。  何気ない会話を交わしたことは、この先も  絶対忘れない。  現金自動預け払い機で支払いスーパーを出た。  祐希のマンションに戻ると、手洗いし調理にとりかかった。  まずは米を洗い炊飯器のスイッチを入れる。 「……先生、手際がいい。かっこいい」  じゃがいもの皮も皮むき器ではなく包丁で向く。  しらたきは臭みを取らなくてもいいと袋に書いてあったが、  念のために湯通しした。  居酒屋で働いていても調理ではなくホール担当なので、  料理に特別詳しいわけではない。  一人暮らし歴が長い祐希の方が、料理の腕ははるかに上だった。 「また先生か?」 「つい呼びたくなったんだよ」  二人で動いていると窮屈に感じても、楽しくて仕方がない。 「お味噌汁、先がよかったかな。  右側が使えるけど、狭いからテーブルに材料を用意して後で作るね」  お互い、テンパっていたのかもしれない。 「ああ」  祐希は無添加の国産大豆のタイプの味噌を使う。  こだわりがあるらしかった。  「……そんなに買い替えるものじゃないしな。  できるだけ拘っているけどマルコ〇も好きだぞ」 「あはは……何それ」  完成した肉じゃがが皿に盛られ、テーブルに置かれる。  グリーンピースの緑色が映えていた。 「ちょっと甘めかもしれない」 「いいよ。甘いの好き」  味噌汁は冷蔵庫の残り野菜で作った。  油揚げとしめじ、たまねぎのシンプルなもの。 「美味そうだな」 「きっと美味しいよ」  ごはんが炊き上がるのを待ち、食事を開始した。  食事中にぽつり、会話を交わす。 「ほっとする。毎日でも一緒にここでご飯を食べたい」 「引っ越してくるなら俺はいつでも大歓迎だけど。 「……卒業するまでは通い妻する」 「通い妻か。それも悪くない」  とても大事なパートナーだ。  深い意味を込めていることを分かってもらえるといい。  入浴後、同じベッドに入る瞬間は未だに緊張する。  優しさだけじゃ満たされなくなった僕は、  口にしてしまっていた。 「……優しすぎなくていいよ。  愛情があるんだから何されてもいい」  精一杯伝えた。 「……希望」  お互いを愛撫してのぼりつめる前に繋がる。  ちゃんと安全は守りながら。 「大好き」  腕の中でささやいて目を閉じた。  朝の光が部屋を満たす。  祐希の肩の下に頭が来る体勢でまどろんでいた。 「今度、妹と3人で食事に行かないか。  あいつ、希望に会いたがってるんだ」 「うん。絶対行く」  冗談みたいに指切りをした。          

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