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第16話

寝顔がいとしくてたまらなくなる。 もう一度抱きたいという気持ちより、 穏やかに眠り時折微笑む顔を見ていたいと思った。 若さなのか滑らかな頬に指を伸ばせば弾力があるし、 首筋はどこか艶めかしかった。 再会し想いを確かめるように抱き合った日は、そんなに前ではない。 抱く度に近づけていると思うが、 こんな俺が側にいていいのかと時折感じている。 髪をなでたら彼が、にんまりと笑った。  一度起きた時間からまどろんでいたら七時過ぎていた。 「先生、おはよう」 「おはよう希望」 「そろそろ起きなきゃね」 「……久しぶりにお前を堪能した」  抱きついて首筋に腕を絡める。  のどぼとけが浮き上がりどこもかしこも男っぽい。  頬や首筋に音を立ててキスをする。 「痕を残したり意地悪はしないよ」 「……俺はしたいかなあ」 「若いからするらしいよ。先生もまだ若いってことだね」 「先生じゃなくて、名前で呼んでくれ」 「祐希。やっぱり名前で呼ぶの照れちゃうんだけど」 「これから徐々に慣れてくれよ。  俺は希望に何を教える先生なんだよ」 「おとなの恋愛?」 「……ふうん。そんなにおとなの恋愛を楽しみたいなら、  俺は手加減も遠慮もしないぞ」 「いいよ。もっと好き放題してほしい」  背中に抱きつくと、うなる声がする。 「また今度な。もう朝だから戯れはおしまいだ」 「ここに一個だけ痕を残してほしい」  朝の光が差し込む部屋の中で、  大胆に肌を見せたら彼は息を飲んだ。 「ん……っ」  胸元のそば。 音を立てて強く吸い上げられた。  祐希が残してくれた思い出のかけらがあれば、  また頑張れる。  次に会う日までに少しでも成長していればいいのに。  年齢差は変えられないのだから自分が変わるしかない。  僕はアパートに一番近いコンビニにいた。  居酒屋バイトのまかないを食べた後で  締めの甘いものが欲しくなる時がたまになる。  夜の甘いものを食べるのは背徳感があってたまらない。  疲れてハイなのか、楽しくアイスを眺めていた。  バニラやチョコのラクトアイスもいいが、  たまには濃厚なフルーツバーが食べたくなる。  マンゴーアイスを手に取った僕は、肩に置かれた華奢な手を感じ振り返った。 「希望くん!」  祐希の妹である女性は優しい笑顔を向けていた。 「こんにちは!」  笑顔を向けると彼女の笑みも深くなる。 (祐希に面差しが似ている。妹だから似ていて当たり前か。  彼はかっこいいしこの人は綺麗) 「マンゴー美味しいよね! 私はピーチにした」 「フルーツのアイスだから、罪悪感薄いですよね」 「そうそう。でもいつもはこっち」  彼女が指さしたのはソフトクリームタイプのアイスだった。  ワッフルコーンのやつだ。 「間違いなく美味しいですよね」  会うのは二度目だが親しみを感じてしまうのは、  恋人の肉親だからだろうか。 「もし時間、大丈夫なら店内で一緒に食べる?」 「ぜひ!」  コンビニのイートインでアイスを食べつつの会話は楽しかった。  祐希の妹は曜(ひかり)さんと名乗り  お兄と仲良くしてあげてと言ってくれた。  一応、店内なので長居も深い会話もしていないが、  彼女が偏見など何もなく認めてくれているのが分かって安心した。 『いつも頼ってばかりのお兄にはとびきり幸せになってほしいんだ』  そういって彼女は会話を締めくくった。  コンビニの外で手を振り合い別れる時、  また今度三人でご飯食べようと言ってくれた。  お風呂に入ってベッドにもぐりこんだ僕は、携帯に手を伸ばす。  着信履歴から祐希に電話をかける。 「……今日もおつかれ……」  何だか眠そうだ。  あくびを噛み殺したのか会話に間があった。 「遅い時間にごめん!  さっきバイト帰りにコンビニ寄ったら妹さんに会ったんだ。  名前教えてくれたよ」 「そういえば教えてなかったな」 「曜さん、人間として大好きになっちゃった」 「前置きしなくてもお前が、俺にしか興味ないのは知ってるよ」 「そこは自信もって。それでね二人は美形兄妹だなって」 「いや……別に普通だろ」  照れくさそうな彼の姿が浮かんでかわいいと思った。 「曜さんが三人で一緒にご飯食べようって」 「男性教師、女性教師、男子大学生の三人で集まるってことか」 「え。曜さんも先生なの?」 「小学校の国語の先生だよ。  今年、一年生の担任になったってはりきってる」 「祐希の話ばっかりで  そういう話は出てこなかった。共通の話題だから」 「……あいつもブラコンで困るな」 「かわいいじゃん」 「もういい大人だ。お前より四つも上だぞ」 「こういう話できるっていいよね。 祐希と近づいた感じ」 「そうだな」 「次に会える日まで自分磨き頑張って惚れ直させるから楽しみにしといて!」 「自分磨きってえっちなこと?」 「……ち、違うし!」 「ひとりで俺を思ってしてたよな? だからあんなに感じやすかったんだ」 「離れていた間も先生のことばっかだった。 四六時中思い出すわけじゃなくても、部屋で一人になると思い出しちゃってた」 「……俺はお前よりやばいかもな。 かわいい希望を腕の中で鳴かせてよがり狂わせてみたかったんだ。お前を思いながらしても、中々イケなかったけどな」 「……僕も」 「現実にはかなわないんだ。今も触れたくて仕方がない」 切なげな声が耳に届き、ドクンと胸が鳴る。 「先生……いや祐希、電話越しでいいから抱いてよ。もうキスマーク消えちゃった」 付けてもらった印は、一週間ほどで完全にきえてしまった。お守りみたいに思ってたのに。 「希望からおねだりされたらたまらない」 次会った時は飽くまで攻めてやるよ。 微かな声に期待で胸がうずく。 「好きだ……」 「んん……」 濡れた音は本当に唇や耳朶にキスされてるみたいだった。甘い声が、肌にしみわたり簡単に滾ってしまう。 ただ、悲しいのは匂いだけがない。 香水と肌の匂いが混じった香りが届かない。 「……うっ。祐希ぃ……っ」 ドクン。 弾ける時はお互いの名前を呼ぶ。 お互いを思いながら電話でしたのは久しぶりだった。 二人ですることを知ってからは、 満ち足りていた。 匂いが届かないなんて贅沢だなと思いながら、甘い余韻で眠りについた。 大学の帰り道、バイト先に向かって歩いていた僕は思わぬ人物との遭遇をした。 「希望久しぶり」 肩を叩き、近い距離で話しかけてくるのは、 かつて恋心を打ち明けてきたクラスメイト。 「……久しぶり」 「なんか雰囲気変わった? 色っぽくなったっていうか」 「こんなところで何言ってんの。 色っぽくなんてなってない」 掴まれた腕を振りほどき歩くが、 彼は離れずついてくる。 (先生と結ばれたからかな) 性的志向が、同性(男性)の人物から声をかけられることはたまにあっても素っ気ない態度で切り抜けてきた。今は祐希が恋人なのだから 片思いだった時とは違う。 (鍵は……祐希にだけしか) 路地裏に連れていかれて壁に身体を押し付けられている状況は、隙があったからだ。 「お前、本間と付き合ってんだろ。 高校の時からか?」 「……高校の時は片思いだったよ」 「あんな年上、どこがいいんだよ」 今は両思いとでも教えたようなものだった。 振り向いた時に見たかつてのクラスメイトは、 表情をゆがめ希望を睨め付けるように見ている。 (僕の向こうにいる祐希を睨んでるんだ) 「……あいつと別れて俺にしない? 無理なら一回だけでもいい」 顔が近づいてくる。 嫌悪と恐怖がせめぎ合う。 自分より大きな相手の身体を渾身の力で押しのける。 「僕の好きな人は彼なんだよ。祐希以外は無理! どこかで見かけても声をかけてこないで! 今度は大声出すから。見られて困るのはそっちだよ」 名前を出すのも嫌だった。 こちらの名前をつぶやく声が聞こえた気がするが関係ない。 全速力で走って駅前に向かった。居酒屋に行くと裏口から中に入る。 息を切らした希望の姿に職場の仲間は驚いている。 「城崎、汗だくじゃないか。そんなに急いでこなくてもお前のシフトまで時間あるぞ」 「……最近、運動不足なので走ってきました。 体力あるので仕事には差し支えありません」 「……仕事まで休んどけ」 汗を拭いて着替える。 30分後、気分を切り替えてホールに出た。 午後7時頃、職場の同僚数名と訪れた祐希の顔を見て瞳の端に涙が浮かんだ。ぐっ、と唇をかみしめて笑顔になる。 「いらっしゃいませ」 こんな時に来てくれたことに胸が震える。 何も知らない彼は、二人にしか分からない合図を送ってくれた。 トイレの横の通路ですれ違った祐希が目ざとく声をかけてきた。 「俺は今日、運転手を引き受けたからアルコールは飲まない。先生たちを送ったらもう一度来るから一緒に帰ろう」 「……ありがとう」 (好き) 抱きつきたくなるのをどうにか耐えた。

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