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第15話

僕のアパートへ寄る前に買い物に行くことにした。 バイト先の近くではなく僕のアパート最寄りのスーパーで買い物をする。 兄と弟に見られるならそれでもいい。 仲のいい同性同士で買い物することだってあるだろう。 カートを押してくれる祐希を見上げて、唇をゆるませる。 「希望、夕食は何が食べたい?」 「……ええとハンバーグ。できれば牛ミンチのやつ」 「ぶは……わかったよ」 なぜか吹き出されてしまった。 その視線は愛しさが込められていて怒る気にもならない。 「取っておきのを作ってやる。 付け合わせにポテトと人参、サラダとスープもつけよう」 「豪華メニューだね!」 二人でこんなふうに夕食の買い物をしているのが、 信じられなくてたまらなくうれしい。 カゴには材料が次々と入れられ、最後は デザートを選ぶことになった。 「食後にはよくないらしいから、ご飯の前に食べちゃうか? アイス」 いたずらっぽく囁いた祐希にうなづく。 「コーンのやつがいいな。ソフトクリームみたいなやつ」 「俺もそれ。チョコとバニラのミックスにしよう。希望はバニラ?」 「うん!」 買い物を終えてスーパーを出る頃には夕闇が世界を覆っていた。 駐車場で車に乗り込む。 助手席に座った途端、財布を取り出した僕を祐希はやんわりと制した。 (こっちも食べるのに全部出してもらうのは申し訳ない) 「そんなのいいよ……」 「でも悪いし」 「一緒に作ろう。それで貸し借りなしだ」 「ありがとう」 大人の気遣いにかなわないなあと思う。 大きな手が髪をかきまぜる。 走り出した車の中、窓から流れる景色を見ていた。 アパートの部屋に入り、買ってきた食材を冷蔵庫に放り込む。 手を洗い、アイスクリームをそれぞれ手に取った。 「おいしー」 「よかった」 祐希が自分のアイスを食べる前に差し出していた。 アイスクリームのスプーンも一緒だ。 「こっちも食べたいだろ?」 「お互いに交換しよ?」 木製のスプーンでアイスを分け合う。 もどかしくなったのか祐希は、僕のアイスをぱくりと口にした。遠慮がちな一口。 「もう少し食べていいよ」 「……んま」 「って、それアイスじゃないし!」 僕の口元に舌を滑らせた祐希が、口元で笑った。 「アイスの甘い味がする」 なんでこんな事でドキドキしてるんだろう。 心臓の音が静かになるのを待ってるとアイスが、溶けそうになる。 急いで食べ終えた。 「俺がハンバーグとスープ作るからサラダ作ってくれる?」 「先生の方が負担が大きいよね。 僕の家に来てもらってるのに申し訳ないよ」 野菜を切って盛り付けるだけ。 ドレッシングは、それぞれ好みでかける。 「急に泊めてって言ったのこっちだし、 キッチン使わせてくれよ。な?」 ウィンクされ、こくこくとうなずいた。 「じゃあ、よろしくお願いします。 何かわからなかったら聞いてね。調味料は冷蔵庫にあるよ」 「オーケー」 必要なものを冷蔵庫から取り出すのを手伝う。 サラダは盛り付けるだけだ。 キッチンに二人で立つと窮屈だから、 部屋に移動した。間取り的に部屋からでも会話できる。 「祐希の所みたいなIH憧れてる。 実家もリフォームしてIHにしたし」 「安全面とか衛生面でもいいかもな。 ガスもガスで利点あるけど」 「ちゃんと元栓しめて出かけてるの偉いじゃん」 「実家にいた時からの教え。もしもの事があったら危ないしね」 「しっかりしてるなあ」 しきりにほめるので照れてしまう。 狭いのは分かっていても衝動を抑えきれない。 キッチンに移動した。 「祐希って、甘い人だよね。ビターなコーヒーが得意になりそう」 料理をしている彼の腰に抱きついたら危ないだろと、苦笑された。 (一緒に暮らしたらこんなふうに毎日過ごせるんだろうな) レタスをちぎり、スライスしたきゅうり、トマトをボウルに入れる。 ドレッシングは二種類、用意してテーブルに置いた。 「……お前が無理じゃないなら名前で呼んでくれ」 「……祐希先生は?」 「妥協案?」 「大学生で祐希の生徒じゃないけど、 高校の時の淡い思い出は消えないんだよね。 だって、好きになったのは先生の祐希だから」 ハンバーグの皿と、スープの器がテーブルに 並べられて美味しい匂いが漂い始める。 二人でテーブルに座った。 祐希特製のビーフハンバーグに満面の笑みを浮かべる。 食事が半分ほど進んだ時、不意に再開された会話にきょとんとした。 水で喉を潤す彼の首筋に視線が釘付けになる。 「……お前も教師になるんだろ」 「小学校の国語の先生になるよ」 くすっ、と笑う声がして祐希の方を見た。 「希望は、優しいから慕われるんだろうな。 先生、大好き!とか言われたりして」 「……からからってるわけじゃないよね」 「その絵を想像したら微笑ましくて」 「ふふ。高校で生徒と一緒に泣いて笑って汗を流す姿は、今でも胸を離れないよ。 祐希はあの頃のまま変わらないんだろうな」 「同僚や職場の先生方と関わるより生徒と交流持つ方が楽しいかも。 ここだけの話な」 「爆弾発言だね。でも気持ちわかるよ」 テーブルで重ねられた食器類を預かりシンクに持っていく。 狭いキッチンは二人でシンクに立つのには適していない。 「洗い物は僕がするよ。部屋で休んでて」 キッチンは広くない。 無理矢理に置いているテーブルのそばを移動するのは窮屈そうだ。 「狭くてごめんなさい。 懲りずに遊びに来てね。今度は僕がおもてなしするから」 「……この世界に二人きりなのを実感できるから、ここ好きだよ」 部屋を振り返ったら、嘘ひとつない瞳がこちらを見ていた。 (抱きつきたい……) 洗い物を終えて手を拭いて部屋の方を見た。 ワイシャツの袖を折っているので、たくましい二の腕が見えた。 さっき視線が吸い寄せられた喉仏も。 水をグラスに注いで部屋へ向かった。 テーブルの上にグラスを置く。 自分の方のグラスを頬に押し当てた。 ひんやりとした感触がほてった肌に心地よい。 「……ああ、ありがとう」 「やっぱり座ってるだけでもかっこいいよね。 さっきから目のやり場に困っちゃって」 口調はだんだんしどろもどろになる。 「……意識した?」 祐希が水を飲み干したグラスをテーブルに置いたのを見て、首筋に腕を絡めた。 彼のフレグランスの香りが鼻腔をくすぐる。 爽やかで刺激的。彼そのもののような香り。 すりすり、頬を擦り寄せる。 髪が彼の耳元に触れていた。 「好き」 「……うーん。さすがにこの部屋じゃまずいと思って、 理性で堪えようとしてるのにやばいだろ」 ぐい、と腕を引かれる。 押し倒されて視界は祐希がいっぱいになった。 頬から鼻の下、首筋に手を伸ばす。 髭の剃り跡も含めて全部彼を形成している。 唇が重なって甘い感覚が胸を支配していく。 祐希の手を胸元に導いた。 「僕のハートの鍵は祐希にしかあげないから。 この先もそれは変わらないよ」 「俺のハートも……」 奪い合うように唇を重ねた。 濡れた音が響く。 窮屈なシングルベッドに倒れ込む。 朝の光がカーテンの隙間から差し込むまで 繋いだ指先を絡めて、溶け合っていた。 ぶつかったつま先を擦り合わせて微笑む。 初めて祐希の髪を梳いてみた。 汗ばんだ髪の匂いと香水の匂いまで、 移るような気がしていた。 腕枕をされながら微睡んでいた。 髪を弄ぶ指先からは愛が溢れている。 「先生と妹さん、仲良さそうだった」 「仲はいいな。二人きりの兄妹だし」 「きょうだいがいないから羨ましいなって」 「……そっか」 「朝ごはん、少し遅くてもいい? 」 スマホを見ると6時と表示されている。 朝から大学がある日は、そろそろ起きる時間だ。 「……ん。俺もまだこうしてたい」 ぎゅっと、抱きしめられた。 お互い、まだ肌はほんのり熱かった。

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