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第14話

きっと必然的に巡り会ったのだろう。 そう思えてならなかった。 必死の思いの告白を断ったのは…… 単純に近づくのが怖かったからだった。 8歳も違うし、同年代の相手の方がいいに決まっているという先入観。 無邪気に懐いてくるあいつのことを意識したのは、 いつ頃だっただろう。 バレンタインのチョコレートは本命とは言わず渡してきた。 赤く染めた頬を見て、義理ではないのは分かっていたが 何も言わず受け取った。 ホワイトデーにお返しは、贈らなかった。 あの頃があるから、今隣にいるお前を更に愛おしく感じるのかもしれない。 夜明け前、肩にもたれて眠る希望の頬にキスを落とす。 見えない場所には、赤い刻印をたくさん咲かせた。 一緒に暮らせば、こんなにも独り占めしておきたいとは 感じないのだろうか。 髪を撫でていると、閉じていた瞼が開かれていく。 「おはよ」 どさくさ紛(まぎ)れに抱きついた。 ほどよくついた筋肉が心地よく頬ずりした。 汗で湿った肌は、さっきまでの二人を思い出し頬が熱くなる。 「……寝起きからかわいいな」 「もうすぐ朝だしお別れだから」  頬を指先でくすぐられる。 「希望の誘惑はたちが悪い」  準備を整え、再びナカに熱を感じたのは次の瞬間だった。 「お別れなんて言われたら刻みつけたくなる」  奥まで穿たれて嬌声がとまらない。  両脚を開いて腰に足を巻きつける。  もっとほしいと細胞がざわめく。  すぼめた舌先で唾液を啜る。 (きっと奪い合うってこういうことだ)  抱かれたいとは思うけど、抱きたいとは思わない。  受け身でいるのがらしいと分かっていた。  首筋を流れる唾液を唇が辿る。  胸の尖(とが)りを食まれたら、腰が揺れた。  びく、と震えて熱い滴が、起ちきった場所から滴る。  そこを撫でられるとたまらない。  決して強い刺激ではなくても、単純に気持ちよかった。  ナカを突かれて薄膜越しに注がれる熱を感じ、  互いにのぼりつめた時、頬を涙が流れる。  愛しい男性(ひと)に抱かれている表情をしているのだろう。  朝が来て別々に入浴して着替える。 「祐希は同じ高校で先生を続けてるんだね……」  シャツのボタンを緩慢な動作で止めながら、彼を見上げた。  さわやかだけど男性的魅力に溢れている。  それが恋人になった人だった。 「続けてる。あの学校が好きだから  異動にならない限りは同じ所に居続けると思う」 「僕の告白を断ってよかったよ。  今となってはそう思う」  10センチほど背が高い人の肩に腕を回し、顔を反らす。  奪われる前にキスをした。 「また会えると信じてた」  今度はキスを返される。  ついばむ程度のキス。 「あ、雨が降ってる」  雨音が部屋にまで響いている。 「送って行くから問題ないよ」  日曜日の朝、少し遅めの朝食をファーストフードですませて、  彼と過ごした一泊二日が終わった。 「……はあ」  部屋に戻ると勉強を始めた。  曜日に関係なくバイトの前の時間は、勉強をして過ごすことが多い。  祐希と付き合い始めて日常が色づいた気がする。  一緒に暮らす提案は、すぐ返事をしなくていいだろう。  同棲は魅力的な提案だが、彼の生活を脅かす存在になりたくない。  近づきすぎて、壊れるなんて考えたくもない。 (まだはじまったばかりなんだ)  いつしか教師になりたいという夢を抱いた僕は  教育学部教育学科で学んでいる。  祐希の経験談を聞いてみたりする。  あの頃、進路の相談も個人的にしていて応援してくれた。  小学校の先生を目指すことにした一番の理由は  子供が好きだからだった。 (国語の先生になる) 「真逆だからいいのかも」  でも遠い場所を見ているわけではない。  共通項があるというのは、強みだ。 「……ぎゅっとしてもらえたら、強くなれる気がするよ」  独りごちる。  次に会えるのはいつだろう。  連絡は取らずに自分のことに集中しよう。  今日はお客さんが多い。  週末の金曜日は、会社が帰りに飲みに来たお客さんで  お店はごった返していた。  明日は貸し切りで飲み会が開かれる。  もちろん休みの希望を入れていないし、出る予定だが。  頼まれた料理を運び、食べ終わった食器を洗い場に戻す。  テーブルを拭いて次のお客さんの準備を整える。  繰り返しのルーティン。  人間関係もいいから、この職場が好きだから離れたくないという  気持ちは、これからも同じ高校で教えたい祐希と似たものだと思う。 (大学以外の居場所) 「いらっしゃいませ!」  声を張り上げた瞬間、目の前に現れた顔に心臓が跳ね上がった。 (平常心……平常心!)  祐希が同僚の先生達と共に居酒屋を訪れた。 「本間先生、おすすめのお店なんですよね」 「ええ。揚げ出し豆腐やたたきキュウリが特におすすめなんですよ」 (先生、嬉しいっ。ありがと!)  さっきより自然に笑う自分に現金なものだと呆れる。  弾む心をなだめ、接客をする。  密かに目線を交わし、秘密めいた接触に酔う。  バイトが終わったら連絡が来た。 『おつかれさま。希望の姿が一目でも見たくて、あの店に行ったんだ。  驚かせてごめんな』  表示されたメッセージに口元がゆるむ。 『祐希に会えてうれしかった! でもちょっと緊張した』 『月一くらいでお邪魔しようかな。先生方も気に入ってくれた』 『このバイトしててよかった』  お客さんとして恋人が来てくれるなんて、  これほど嬉しいことはない。 『やっぱり一人で行こう』  もう一度届いたメッセージにきょとんとする。  お客さんを連れて来てくれるのは感謝だけど、  もしものことを懸念しているのかもしれない。 (別にバレてもいいよ。でも気にしちゃうよね)  同じ環境で過ごすのって難しい。  何でもない振りをして関わらなくちゃいけない。 (僕って、結局子供だから)  地下鉄に乗り車窓に写る自分の顔は疲れていた。  お風呂に入ると適当に夕食を済ませる。  ベッドに潜り込み、朝までのことを考える。  昂ぶる神経を黙らせて眠りについた。  翌日、午前は勉強をし午後から隣の駅まで遊びに行った。  一人で街をブラつくのは久々で新鮮な気分だった。  もうすぐ誕生日を迎える彼のプレゼントを買おう。  高揚感で胸がいっぱいで店を探していた所だった。  見慣れた人影に目をとまった。  背が高く鍛えられた肉体、端正な容姿。  よく知ったその人は、見知らぬ誰かと抱擁をしていた。  目の前で繰り広げられている光景に、唖然とする。  間が悪い。  背を向けて、同じ道を戻る。 (やっぱり……異性がいいってこと?)  駆け出したら、ぶざまに躓いた。 「っ……なんなんだよ」  その時、手が差し出された。 「大丈夫か?」  勝手に涙が出てくる。  顔を背けたいのに手を掴み起こされて距離が近づいた。 「どうしてここにいるの」 「お前と目が合ったから」 「さっきの人は……」 「妹だよ。いい年してブラコン気味で困ってる」 「妹さん?」 「初めまして。あなたが希望くん? 私は本間李奈です。  お兄ちゃんがいつもお世話になってます」  祐希の後ろから現れた小柄な女性は、朗らかに微笑んだ。 「お兄が血相変えて走って行くから驚いちゃった。  振られて慰めてもらうのももうやめなきゃ」  さっきの抱擁の理由と、相手の正体を明かされて  身体の力が抜けた。 「お兄と並んだら、月とすっぽんってやつかな。  希望くん、かわいすぎる」  抱きしめられかけたのは、祐希が阻止した。 「こわ。取ったりしないわよ」  クスクスと笑った。 「よく見たら目元とか似てますね」 「あら。こんなのと一緒にしないで」 「誰がこんなのだ」  三人で祐希の車に乗った。 (何か……変な感じ)  三人で一緒にお茶をした後、李奈さんとは別れた。  車内で、祐希が甘えるように口にした。 「今日、お前の家に泊めて。駄目かな?」 「いいよ」  抱きしめられて、胸がきゅんと疼く。  彼の部屋のように広くはないけど、  来てもらえるのは大歓迎だ。

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