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第1話

 冬の寒空の下。真っ暗な夜道を白い息を吐きながら恋人の住むマンションを目指し歩いて行く。 何時もより早い時間に家を出た為、待ち合わせより三十分以上早く着いてしまい、帰宅確認の為にベランダを見上げれば明かりは灯っていなかった。 ドアの前で待っていればそのうち帰って来るだろうと、エントランスを潜りエレベーターに乗り込み、三階で降りた。 廊下の一番奥。恋人の住む部屋のドアへ目を向ければ、台所の窓に灯りが灯っているのが見えた。 「なんだ。帰って来てるじゃん」 静まり返った廊下を足早に進んで行くと、ボソボソと人の話し声が耳に届き、それは目的のドアに近付くほどに大きくなった。 窓を閉めていたとしても、換気扇の下は結構声が漏れるものだ。 それが分っていても、話を聞かれるよりも煙草を吸う方が優先されるのだろう。煙と共に恋人の声が廊下へ流れてきた。 「男相手に本気とかありえねぇーし。ケツの具合がいいから使ってやってるだけだよ」 何故、一番聞いてはいけないフレーズを聞いてしまったのだろうか? 狙ったかのようなタイミングに作為的なものを感じるが、ただ単に終始そんな下種な会話をしていたのかもしれない。 恋人と思っていた相手からオナホール程度にしか思われていなかったという衝撃の事実を知り、怒りでか心臓が早鐘を打つ。部屋に誰か居るのか、携帯で話しているのかは分らないが、更に続く暴言に頭が真っ白となり、放心状態でその場に立ち尽くしていると、換気扇が閉じられた音で我に返った。 何も聞かなかった事にして何時もの週末を過ごそうか? うん。 無理。 ありえない。 なら、怒りに任せて部屋に乗り込んで暴れる? ぶっちゃけ、そうしたい気持ちはある。 だが、平和を愛する民としてはありえない選択だと、気持ちと足音を殺し、そっとその場を後にした。

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