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第2話
俺の名前は八潮薫 。都内に住む二十七歳のライトノベル作家だ。
ラノベ作家と言ってもピンきりで、三百万部突破! アニメ化決定! みたいな超売れっ子もいれば、デビューして何冊か本を出してはいても泣かず飛ばずの者もいる。
因みに俺は、何とか作家業だけで食えているレベルの作家だ。
三度の飯より本が好きな俺にとって夢のような職業だが、作家のいいところは自分の頑張り次第で時間や休みの融通が利く事である。
なので、失恋の痛手を癒す為に爆食い爆飲みして次の日潰れていても問題ない。
箱買いしておいたチューハイど~ん!
枝豆チーン!
鶏肉ホットプレートでジュウ!
永遠の名作アニメDVDセーット!
携帯で『インフルエンザになった。暫く会えない』と元恋人へ送信し、お一人飲み会の始まりだ。
ホットプレートはテーブルで調理できるから、飲みながら焼けるし、常に熱々が食べられるのが魅力だが、如何せん、火の通りが遅い。
鶏肉が焼けるまでは枝豆をつまみに飲むしかないと、もそもそと枝豆を食べながら、レモン味のチューハイを喉に流し込みつつ、多分五十回は見ているであろうDVDの好きな場面でキタっ! とか、萌え! などと口走る。
ときどき鶏肉の焼き加減を見ながら、枝豆とチューハイを交互に口に運ぶが、まだまだ酔いが足りず、勝の言葉が頭に蘇る。
『男相手に本気とかありえねぇーし』
本当は何処かで気付いていた。
勝が俺の事好きじゃないんだと。
デートらしいデートもした事ないし、勝の友達に紹介して貰った事もない。
ご飯の支度や洗濯に掃除を頼むくせに、合鍵を渡してはくれなかったし。
俺がエッチしたいって誘っても疲れているからって断るくせに、俺が体調不良でしたくないって言っても、聞いてくれなかったり。エッチが終われば用は済んだとばかりに背を向けて寝ちゃうし。アナルケアどころか、事後の処理もしてくれた事ないし。
都合よく使われているって分かっていたよ。
分かっていたけどさ。付き合おうって、言ってくれたからさ!
だから!
だから……不満も腹立たしさも蓋をして今日まで来たのに……。
何、うっかり口滑らせているんだよ。
決定的な言葉さえ聴かなければ、もう少しだけ自分を騙す事ができたのに。
すっかり焼き上がった鶏肉を頬張りながら、心の中で悪態を吐く。
バカ! バカ! 勝のバァァァァァァァァァァカ!
観れば、DVDは伝説の名シーンの直前だった。
ヒーローとヒロインが手を繋ぎ、重なった手を翳す。
来るぞ! 来るぞ! キタァァァァァァァァァァ! 滅びの呪文!
いいなぁ。
滅びの呪文。
俺も言いたい! 滅びの呪文、言いたい!
中二病炸裂な願いを胸に、三本目のチューハイを空けていた。
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