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第7話

 2DKの狭い部屋にインターフォンが鳴り響く。  多分、昨日注文した猫用品のお届けだろう。  相手を確認し、ドアを開けるとネコのマークでお馴染みの運送屋さんが、台車にばかデカイ段ボールを三つ乗せて立っていた。  玄関口に荷物を置いてもらい、受取サインをしてドアを閉め、玄関を占領している段ボールを一つ持ち上げ部屋へ運んでいると、再びインターフォンが鳴った。  荷物の渡しそびれだろうかと、相手を確認せずにドアを開けると、管理人さんが立っていた。 「八潮さん。猫、飼っているんですか?」 「いえ……飼ってませんよ」  今のところは。 「なら、それは何ですか?」  管理人さんの視線の先には今しがた届いた荷物が……。  一つは通販会社のロゴ入り段ボールだが、もう一つには猫のトイレだと一目で分かる写真と商品名入りの段ボールだった。 「こ…これは、友達の誕生日プレゼントに買ったもので……」  下手な嘘に管理人さんの顔が顰められる。 「猫なんていませんよ」  勿論、今のところは、だけど。  疑わしげに部屋の奥を探ろうとする管理人さん。 「こんにちは。管理人さん」  他の住居者から声をかけられ、管理人さんは反射的に愛想笑いを作り、お辞儀をした。 「どうかしましたか?」 「いえ、別に」  ひょっこり顔を覗かせたのはお隣に住む多向井(たむかい)さんだった。 「あれ? その段ボール。この間言っていた友達へのプレゼント?」  そんな話しした覚えがないですけど?  そもそも、今でっち上げた嘘だし。  でも、渡りに船だ。 「そ、そーなんです。ラッピングお願いするの忘れちゃって。あははっ」  胡散臭い会話をする俺達を管理人さんは胡乱な目で見詰めつつも。 「うちはペット禁止ですからね。飼うなら余所へ引っ越して下さい」  現物がいないので、それだけ言って帰って行った。  管理人さんが自宅へ入るのを見届け、俺と多向井さんは苦笑いを浮かべた。 「多向井さん。何時から話し聞いていたんですか?」 「買物から帰ったら、管理人さんが恐い顔して立ってたんで、何かあったのかなって、聞き耳立ててたんだ」  それでか。 「八潮くん。猫飼うの?」 「その予定なんですけど、管理人さんに目ぇ付けられちゃったんで……」  まぁ、ペット禁止のアパートで飼うとかありえない訳で。 「猫ちゃん捨てちゃうの?」 「はぁ? そんな無責任な事しませんよ。ちゃんとペット可な物件に引っ越して飼いますよ」  元々そのつもりだったし。  動物病院でのお預かりはお金がかかるので、新しい住居が見つかるまでの間だけ大目に見て貰えたらと思っていただけなんだけど。  どうやら、ちょっとの間も難しくなってしまったが。 「そっか。八潮くん引っ越しちゃうのか。寂しくなるな」  本当に残念に思ってくれているのか、多向井さんは表情を曇らせた。  が、次の瞬間輝かせた。 「八潮くん。住み込みのお仕事に興味はないかな?」  は? 何を突然? 「庭付きの一軒家。日当たり良好。食費や家賃は勿論、水道光熱費も家主持ち。猫を飼っているお家だから多分大丈夫だよ。どうかな?」  どうもこうも……。 「ここじゃあれなんで、中で話しませんか?」  多向井さんは大手出版会社に勤める編集者さんだ。  ちょいちょいお見かけしてて、お隣さん同年代ぽいな。大手出版社の名前入り封筒持っているな。お仲間かなって声をかけたのがきっかけで、たまに家飲みする仲なのだが……。 「いきなりごめんね」 「いえ……」 「実は、僕が担当している作家さんがね、長年家政婦してくれていた人が病気で辞めちゃってね。新しい人を何度か雇ったんだけど、合わなかったみたいでね」 「そんなに気難しい人なんですか?」 「いやいや。そんな事はないよ。ただ、今の時代遅刻もお休みの連絡もSNSで一メッセージで済ませる人が多いでしょ? 先生は作品に集中し始めると携帯なんか見ないから、何で連絡して来ないんだってなってね」 「電話で連絡するように言わなかったんですか?」 「言ったんだけど、電話は精神的に辛いとかなんとかでね」  いや、精神的にキツくても、電話くらいかけろよ。社会人だろ!?  非社交的でネガティブインドアな俺でも仕事の電話はかけるぞ! 「それ以外でも、イイネ欲しさにか、先生の自宅の写真を勝手に流されたり、窃盗事件なんかもあってね。正直、先生も人間不信になってしまって知らない人間を家に入れたがらないんだ」 「それじゃ、なお更俺じゃ駄目じゃないですか」 「八潮くんの身元と人柄は僕が保証しますので、大丈夫です」  自信満々のところアレだけど。  多向井さん。俺について知らない事の方が多いいよ。  まず、俺がゲイだって知らないし。 「これでも人を見る目は確かですよ。それに八潮くんのご飯、美味しいですし」 「簡単なものしか作れませんよ」 「何時来ても整理整頓、掃除の行き届いた部屋ですし」 「まぁ、掃除は得意ですけどね」 「ね。会うだけでもいいから。お願い! 僕を助けると思って!」  多向井さんがあまりにも必死にお願いするので、理由を聞いてみると、先生は集中すると排泄以外の行為を忘れてしまうらしい。  ご飯を用意しておいても手を付けず、お風呂にも入らない。睡眠もしばしば忘れ、気力が尽きるまで書いてしまうとか。  そんな人が猫を飼っているとか、大丈夫か?  先生よりも猫の方が心配だよ。 「僕もね。なるべく先生の御宅に行くようにしてはいるんだけど、他の先生に張り付いていないといけない時とか、編集の仕事で泊り込みとかあるからさ」  力なく笑う多向井さんの姿に。 「会うだけ会ってみましょうか?」  そんな事を口走っていた。

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