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第6話
予定よりだいぶ遅れたが、マンションに到着。
インターフォンを鳴らすと、不機嫌顔の勝が出てきた。
「おせーよ」
炎天下。寒空の下。散々人を待たせた男が、家で快適に過ごしていただけなのに何を怒る事がある。
「まぁ、いいや。腹減ったから何か作ってくれよ」
暗号解読失敗だな。
あのメールに昼飯製作まで含まれていたとは……。
「どうした。早く入れよ」
「俺、さっきまで猫を抱っこしていたから部屋に入んない方がいいんじゃないかな」
「猫ぉ。通りでさっきから鼻がむずむずするはずだ。何で俺んち来る前に猫なんか触ってんだよ。俺が猫アレルギーだって知ってんだろ?」
「仕方なかったんだよ。それより、俺の腕時計持って来てくれない?」
「腕時計……」
あからさまに顔色変えやがった。
「持って来てくれないなら部屋入って探すけど、いい?」
「ばっ! ふざけんな。猫抱いた身体で上がるんじゃねーよ」
勝は荒々しい足取りで部屋へ戻り、直ぐに玄関へ戻ってきた。
「ほら」
差し出された時計は……。
壊れていた。
いや、時間は正確に刻んでいるので、壊れてはいないのかも知れないが防風部分に亀裂が入り、無残な姿となっていた。
「何で……」
「飲み会の時に借りたんだよ。その時にちょっとぶつけてさ」
借りたってなんだよ。貸した覚えなんてないぞ。
飲み会? それってどんな飲み会だ? 男女の数が同数なやつか!?
「そんな怒るなよ。どうせ安もんだろ?」
値段は関係ない。これは記念の時計なんだ。
その話は勝にもしたのに……。
「新しいの買えばいいじゃねーか。それくらいの稼ぎはあるだろ?」
ああ。
何か、性格クズな勇者サールの冒険の続編が書けそうな気がする。
キレイに終わらせたけど、転生させてもう一度書いてやろうか!
いや、それよりもポケットに忍ばせている痴漢撃退用のスプレーの出番かな?
無言のまま睨んでいると、勝は気まずそうに顔を顰め、引き攣った笑顔を浮かべた。
「んな事よりさ。中に入れよ。コート脱いで、浴室に直行すれば大丈夫だろ」
この状況で、まだセックスする気でいるのか?
俺は怒っているんだぞ!
平和の民の掟を破って、スプレーをお前にぶちまけるかどうかを迷うほどに!
「おい。早くしろよ」
ぐぬぬぬぬっ!
スプレーを握る手に力が篭るが、理性が囁く。
罪を憎んで人を憎まず。
人を傷付ければ、自分をも傷付けてしまいますよ。
分かっている。
短気は損気。
怒りに任せた行動は後で後悔すると。
理性をフル活動させ握っていたスプレーを放すと、ポケットから手を出した。
「俺、これから猫を迎えに行くから、帰る」
「はぁ? 迎えにって、お前、猫飼うつもりか?」
「だったら何?」
「ふざけんなよ! 猫アレルギーだって言ってんだろ。どうしても飼うって言うなら、お前と別れるぞ!」
何言ってんだ、コイツ。
付き合っていないのに分かれるも何もないだろう。
セフレ解消するとかそう言う意味か?
まぁ、何でもいいか。
「じゃあ、分かれるって事で。さよなら」
踵を返した俺の背中に驚きと混乱の言葉が投げられたが、無視してやった。
家には猫を受け入れるためのものが何もないので、動物病院で三日程預ってもらう事にした。
勿論、検査や預かりの費用を払って。
帰りの電車でネット通販を使い猫用品を一通り購入し、家に戻るとどっと疲れが押し寄せた。
猫を拾ったのもあれだが、人生初のお別れイベントにだいぶ気力を使ったらしい。
そう言えば、昼ご飯を食べるのを忘れてたな。
少し早いけど、夕飯にしようと台所に立ったものの、調理する気力がない。
こんな時の為に、冷凍庫に保管していたご飯と作り置きおかずを取り出してレンジで温めた。
白菜と豚バラの煮物。きんぴらごぼう。ほうれん草のおひたし。それから簡易味噌汁を用意して……完璧。
「頂きます」
我ながらいい味付けだ。
もぐもぐ。
それにしても、さよならって言った時の勝の顔。間抜けで面白かったな。
写メ撮れなかったのが残念だ。
それより何より、猫の名前なんにしようかな。
雄猫だからな。渋い名前にしよう。
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