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第5話
インフルエンザにかかったと言う誤情報を送ってから二週間ほど経ち、クズ男もとい勝からメールが来た。
『インフル治ったか? 明日遊びに来いよ』
これは粗悪な暗号文だ。
解読すると『二週間も経ったんだから完治しているよな。俺に移る心配はないよな。明日、休みだから、来い。そしてヤらせろ』である。
何処までもふざけた男だ。誰がお前なんかにヤらせるか。
着信拒否設定にし、このままフェードアウトしたい所だが……。
奴の家に置きっぱなしになっている物があるのを思い出した。
中でも小説のコンテストで始めて大賞を貰った時の賞金の一部で買った腕時計は、替えのきかない大事な思い出の品だ。他の物はともかくあれだけは取りに行かないと。
会いたくないけど……。
仕方ない。
明日取りに行くか。
目を覚まし、カーテンを開けると俺の心を映したかのように空はどんよりと曇っていた。
外出るのだるい。
率直にそう思ったが、時計を回収しに行くという使命があるので、渋々仕度を始めた。
以前は何を着て行こうかとあれこれ悩んだものだが、奴の本心を知った今は、つっかけサンダルにジャージでいいような気がしている。
まぁ、サンダルだと階段とか危険なのでスニーカー履くけど。
夏ならともかく冬だし。コート着るからジャージはありえないので普通にジーパン履くけどね。
うん。
可もなく不可もなく、何時も通りのコーディネイトだ。
年中使い倒しのリュックを開き、一応中身の確認。
財布に携帯電話。それから痴漢撃退用のスプレー。
今のところ痴漢やその他面倒に巻き込まれた事はないが、都会は危険で一杯なので、東京に引っ越してきて直ぐに買った防犯グッズ。お守り代わりに持ち歩いているが、今日は出番があるかもしれないと、リュックからコートのポケットに移しておこう。
無理矢理とかないだろうけど、何が起きるか分からないのが世の常だからな。
ハンカチにちり紙。飲料水と折り畳み傘をリュックに詰め込み、ニット帽と手袋で完全防寒で玄関を出たが、思いっきり寒かった。
骨まで沁みる冷たい風に吹かれながら歩き、最寄り駅から乗り継ぎ二回。計十三駅で勝が住む街の駅に着いた。
この街とも今日でおさらばかと、川沿いの道をしんみりと歩いていると、何処からともなく可愛い泣き声が聞こえてきた。
この鳴き声は猫か?
何処にいるのかと、声を頼りに辺りを探せば植樹帯の隙間に白いものが見えた。
そっと手を伸ばすと、逃げる元気もないのか白いのは大人しく捕まってくれた。
手の平程の大きさの白茶の子猫を持ち上げ、全体をチェックするがケガはしていないようだ。ただ、何日も餌を食べていないのか痩せこけている。
被っていたニット帽を脱ぎ、ガクガクと震える子猫を入れてやる。
「お母さんはどうした?」
訊いた所で返事がある訳もなく、適当にその辺を捜し歩いてみたが、残念な事に親猫らしき猫は見当たらず、携帯で一番近い動物病院を検索するとそこへ向かった。
一目で動物病院だと分る猫と犬の絵が施された建物に入ると、優しい笑顔の受付のお嬢さんに猫を拾った経緯を説明し、渡された問診表に必要事項を記入する。
拾った動物を預けたまま戻って来ない人もいるからと、身分証明書のコピーを渡す事で猫の預かり引き受けて貰うと一時間ほどで戻ると約束し、動物病院を出た。
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