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鈴木省吾の初恋

鈴木省吾は、珍しく一人教室に残っていた。 誰を待っているでもない。ただ、なんとなく家に帰るのがめんどくさいと思ったのだ。とは言っても、家出したいというほど大層なものではなく、帰ったらご飯をつくらなければならず本当にめんどくさく、ファミレスでも付き合ってくれる奴はいないか待っていたというだけなのだが。 とは言っても、鈴木の所謂イケメンといわれる容姿で集まってきているに違いない、「賑やか」な人ではなく、気楽に夕飯に付き合ってくれるような人間。 そんな、めんどくさい彼の条件を満たしてくれるような、都合良く暇な奴がいるわけでもなく、 ただただ時間が過ぎてしまう。 最終時刻までに誰もこなければ、夜遅い両親と自分の為のご飯をつくらなければならない。 あと、30分もすれば、最終下校の時間だ。 ガラガラガラ 最終下校の時間ぎりぎりまで学校にいてやろうと、うつぶせていると教室のドアが開いた。 「おお、鈴木まだいたわけ」 誰かと思えば、瀬戸口だ。席が近いためなんとなく話すようになった。 気さくでいい奴。 でも、かなり馬鹿な奴。 彼を一言で表すならそんなところだろうか。 「暇だからな。お前こそバイトはどうした。」 「今日は休み。で、今日に限っておがっちに雑用させられてさー。」 おがっち、もとい尾賀先生。地理担当、クラス担任の先生。おがっちなんて可愛らしい名前で親しまれているが、アラサーにして鬼教師の名を意のままにしている先生だ。 もし、万が一、本人の前でおがっちなんて言おうものなら、間違いなく鉄拳が落ちてくる。 それは、全校生徒の中でもよく知られている話だ。 それで毎回のように鉄拳を食らっているのが、目の前の瀬戸口。 クラスでのおがっちと瀬戸口の応酬はもはや恒例行事だ。 「お前いつも授業中寝ているからだろ。」 「俺だけじゃないじゃん。もう今日はゆかりちゃんと帰れたはずだったのに…」 「おがっちの授業で寝る奴なんてそうそういねーよ。」 ユカリちゃんの話題はわざと触れなかった。 森川ゆかりちゃん。 学年一かわいいと噂の森川ゆかりちゃん。今日は学年一つ下のちゃら男くんと帰っていたから、かえっておがっちに雑用押しつけられて正解だったのかもしれない。 学年一かわいいユカリちゃんと、さして特徴もない瀬戸口が付き合っている理由。 瀬戸口以外は皆知っている。 日のように入っているバイトのお金はほとんどユカリちゃんが使っているらしい。 この学校では、もはや公然の事実だ。 俺たち高校生が使うような大衆向けのファッションとは一桁二桁違う、誰もが憧れるようなバッグ、洋服。いわゆる、高級ブランド品を身にまとう彼女の姿に、誰もが、誰から聞いたわけでもなく、あれは瀬戸口からの貢物だと気付いた。 その貢物のために時間の許す限りバイトをして、彼女と遊ぶ時間もほとんどない。 そんな本末転倒な関係に、お互いに不満があるわけでもなさそうだった。 だから、いつからか、ユカリちゃんが平然と浮気をしても誰もが納得したような顔をし、一同に声を揃える。 瀬戸口は馬鹿だ。森川はクズだ。 「そうかなー。絶対寝てるって。」 「お前が寝てて気づかないだけだ。馬鹿。」 「馬鹿」という言葉に、ほんの少しの憐みを含めて言葉を発した。 「ところで、鈴木はなんで教室にいるの。」 「なんとなく。つか、腹減った。なんか食いにいかね。」 ご飯をつくるのが嫌になったとか、そういうのを説明するのがめんどくさい。 当初の目的であるご飯の相手が見つかった。ただ、それだけだ。 「あー、俺金欠だわ。」 「おごってやるよ。今回だけな。」 「やった。ラッキー。」 「そのかわり2ケツしていけ。今日自転車じゃない。」 「おおー!マジで。お前俺よりでかいじゃん。2ケツ後ろ乗ったことあるの。」 「ない。」 「絶望的じゃん。俺後ろに人乗っけるのとか補助付き以来だぞ。」 「がんばれ。」 そんな応酬をしていると、タイミング良く最終下校の放送が入る。 放送は放送部ではなく、最終下校時刻まで部活を行っている部活が順番に放送しているらしい。 知らぬ男子学生の放送が流れる。 緊張しているらしい硬い声で放送が流れている。誰もしっかりと聞いていないし、ほとんど人もいないというのに、緊張するものなのか。 帰宅部の俺には預かり知らないし、どうでもいいことだが。

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