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第1話

ゴトッ、と鈍い音がして枯野色の着流しに懐手をしていた男は呆気なく床に転がった。 素早くその身体を跨ぎ、自分より幾分も逞しい男からマウントを奪う。 「……何のつもりだ?露草(つゆくさ)」 鋭い眼光に見据えられてツユクサは思わず怯みそうになった。 しかし、もうここまで来ては後に退けない。 自分を奮い立たせると口元に悠然と笑みを浮かべてみせる。 「僕はもう露草ではありませんよ」 ツユクサの言葉に楼主はピクリと眉を吊り上げると、呆れたように溜め息をついた。 「たいして変わんねぇだろ、も。いいから退け」 「本当にそう思います?」 起き上がろうとする楼主の胸を押し返すと、ツユクサはその上にぐっと体重をかけた。 赤い絨毯の上に、楼主の背中が沈んでいく。 粗削りで武骨だが恐ろしく整った顔の横に手を着くと、ツユクサは楼主を見下ろした。 「なら確かめてみてください。僕がどう変わったか、あなたの身体で…」 顔にかかる髪を耳にかけながら挑発的に言うと、楼主の着流しの上から隆起した筋肉をなぞる。 乱れた着流しの襟元から覗く胸板や、布越しからでもわかる男らしく逞しい肉体を感じて、軽く触れただけなのにくらくらと眩暈がした。 愛用している刻みタバコ独特の香りの中に僅かに感じられる知らない匂い。 近寄らなければわからないその匂いは、きっとこの男本来が持っている香りなのだろう。 それほど、今、この男との距離が近いという事だ。 それを今更思い知って、頭の中はおもちゃ箱をひっくり返したような状態になった。 「何で俺が確かめなきゃならねぇんだ?」 誘うようなツユクサの仕草に少しも動じる事なく、楼主は淡々と答える。 「……だって、あなたは楼主でしょう?僕がしずい邸で使い物になるか確かめる義務があるはずだ」 そう言うと、ツユクサは帯に手をかけた。 震える指先を必死に押さえつけながら、最近着方を覚えたばかりの女物の着物の帯をハラリと解く。 襦袢を着けていないしなやかな肢体が楼主の目の前に晒された。 「見て………あなたのために開いてきたんです」 ツユクサは足を立て膝を開くと自ら双丘を割り、最奥に潜む孔を惜しげもなく見せつけた。 長い指で襞の周りの肉を左右に広げると、粘液質なものを纏わせたピンク色の蕾がくちゅりと濡れた音をたてて開く。 楼主の目尻が僅かに細められる。 「ほぅ…アナルパールを仕込んできたのか。新人にしちゃあなかなか優秀じゃねぇか」 「……どうも」 『優秀』という言葉にツユクサは不敵な笑みを浮かべてみせると、そこから飛び出したストッパーを指先に引っ掻けた。 腰を浮かせ、小さく息を吐くと、ゆっくりとストッパーを引っ張っていく。 「………っふ……っ……っ」 襞を捲り上げながら、ツユクサのそこから乳白色の丸い玉が姿を見せはじめた。 中をグズグズにするために仕込んだ大量のローションが、パールとともに溢れ出し、開いたツユクサの太ももをしっとりと濡らしていく。 異物を抜きながらも、ツユクサの意識はパールではなく男に向けられていた。 捲りあげては広がって窄まり、また捲りあげては広がってパールを排出するその場所を、男の切れ長の眼差しがじっと見つめている。 「ん…っんんっ」 意識をすると背筋を何とも言えないものが駆け上がってきて、ツユクサはブルリと身体を震わせた。 勃ち上がった自身から滲み出た愛液がローションと混ざりそこら一帯をグッショリと濡らしていく。 これならこの男も‥ まるで産卵でもしているかのようないやらしい光景を見せつけながら、ツユクサは期待に胸を躍らせていた。 これだけ至近距離でこんな卑猥な光景を見せつけらたら、どんな男だってきっとその気になるはず。 そう確信していたからだ。 全てのパールを出しきったツユクサは、荒く息を吐きながら楼主を見下ろした。 異物を飲み込んでいた後孔は穿つものをなくした寂しさにひっきりなしに収縮を繰り返している。 「…どうですか?…っ、そろそろ僕に挿れたくてたまらないでしょう?」 ツユクサは蠱惑的な笑みを浮かべると、片手を伸ばして楼主の下腹部を弄った。 しかし硬くなっているはずの楼主のそこに触れたツユクサは、この計画が失敗に終わった事を悟る。 彼の股間が半分も反応していなかったからだ。 いや、半分どころか数ミリたりとも反応していない。 愕然としていると、男がやれやれと溜め息をついた。 「よう、気は済んだか」 気怠げに訊ねられ、カッと全身が熱くなっていく。 羞恥と屈辱で穴があったら入りたい気持ちになった。 寧ろいっそどこからか飛び降りたい気分だ。 ツユクサは唇を噛み締めると、努めてぶっきらぼうに答えた。 「…ええ、まぁ」 「ならさっさとてめぇの仕事に戻れ。それだけヤる気がありゃあ指名客も増えるだろ」 楼主は表情一つ崩さずにツユクサの下からすり抜けると、何食わぬ顔で乱れた着物を直す。 その綽然(しゃくぜん)とした態度に、ツユクサの何もかも無駄だと言われているような気がして猛烈に虚しくなった。 「言われなくても戻りますよ」 可愛げのない言葉でつっけんどんに言い放つと、乱れた着物もそのままに楼主に背を向ける。 部屋を出て行こうとすると呼び止められた。 「待て。帰るなら男衆に付き添ってもらえ。大事な商品に傷がついちゃあ困る」 商品。 その言葉に胸が抉られるような気持ちになる。 「結構です。一人で戻れますし、僕は絶対に傷ついたりなんかしませんから」 惨めさを強がりな言葉で覆い隠して、ツユクサは一人、楼主の部屋を後にしたのだった。

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