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第2話
春眠暁を覚えず。
先人はさすがにうまいことを言う。
日の光が心地良い。
春の日差しはぽかぽかとして、人を眠りの国に優しく誘う。
その、強制的且つ、蠱惑的な誘惑に抗える人間は、果たしてどれくらい存在するのだろう?
少なくとも、そんな精神力の強いその人を俺は尊敬する。
「ん・・・」
暖かい。
それに、良い匂いがする。
俺は寝ぼけたまま、その暖かい物を逃がさないようにぎゅっと抱きしめた。
(ああ、気持ちいい・・・)
浮上しかけた意識が、また綿の海をふわふわとたゆたい始める。
(いい、匂い)
(ああ)
(この匂いは)
(祐樹の、匂いだ)
───祐樹?
「・・・・」
ぼんやりと瞼を上げると、視界に、長い睫毛が飛び込んできた。
途端に、暗い深海から光り輝く水面にいきなり釣り上げられた魚のように、一気に意識が浮上する。
(なんで、あいつがここに?)
一瞬状況が判断できずに、呆然と目の前の寝顔を見つめる。
「・・・あ」
約束。
───俺が、寝過ごしたんだ。
自己嫌悪に陥りつつも、なんとなく、状況を理解する。
訪ねて来た祐樹が、誰も出ないのを不審に思って家に上がり、そして俺の寝ているのを見つけたんだろう。
「・・・でも、なんで一緒に寝てるんだ?」
(どうして、起こさなかったのかな)
まじまじと、至近距離の小づくりな顔を眺める。
小さな輪郭にそれぞれのパーツが綺麗に収まっているさまはいつ見ても気持ちが良い。
窓から入り込む日差しに照らされて、その頬は薄い桜色に紅潮していた。
長い睫毛が、そこに影を落とし、時折わずかに震える。
寝ているためか、いつも彼が周りに張り巡らせている緊張感がなくなり、代わりになんとも無防備な表情をしている。
そのあどけない顔はとても高校生には見えない。
(・・・俺以外の人間に見せたくないな)
薄く開いた唇から、規則正しい穏やかな寝息が聞こえた。
お前は、俺が寝てるのを見て、困ったように笑った?
それで、しょうがないなあ、なんて言って、俺のそばにいてくれたのかな?
そうしているうちに、やっぱりこの陽気に誘われて眠くなったのかな?
「・・・起こしてくれれば、よかったのに」
小さく囁きながら、俺は心が沸き立つのを止められなかった。
なんだか、無性に、嬉しい。
(なんでだろう?)
俺を起こさずに、一緒に寝てくれたことが?
目が覚めた時そばにいてくれたことが?
どこか警戒心の強いお前が、俺に無防備な顔を見せてくれたことが?
それとも、俺の家に自分の意志で上がろうと思ってくれたことが?
胸がどきどきする。
心が踊り出しそうに、軽い。
「祐樹が、好きだよ」
耳元で囁くと、祐樹はくすぐったそうに肩をすくめた。
眉を少し寄せて、俺にしがみつくように身を寄せてくる。
俺のシャツを握り締める手が、まるで頼りなくて。
その様子が、生まれたばかりの子猫みたいで。
誘われるように、俺はその薄く開いた唇にキスをする。
「・・・ふふ、大事に見守ってた子猫が、ようやく手から直接餌食べてくれたらこんな気持ちになるのかな」
(ああ)
愛おしさが溢れ出して止まらない。
君は、今どんな夢を見ているんだろう?
そこに、俺はいる?
早く橋を渡って戻っておいで。
ここで待っているから。
それまで、こうしていよう。
君を抱きしめて。
幸せを、この腕に、抱きしめて。
二人で、こうしていよう。
ずっと。
このままで。
君が夢のほとりから戻ってくるまで。
「起きたら映画、見に行こうな」
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