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第3話 二人で過ごす夜

 グレンが微笑んだとき、手に松明を持った男が櫓に近付いてきた。 「おおい、火を点けるぞ! 皆、櫓のそばから離れてくれ」 「火が来た、夏至祭の本番だ!」  櫓から離れると、薄暗くなっていた辺りが火に照らされ明るくなった。火の粉が舞い、パチパチと木材が爆ぜる。音楽隊が軽快なメロディと奏でると、人々は手を取り合って踊り始めた。 「僕、何度来てもちゃんと踊れないんだけど、一緒に踊ってくれる?」 「もちろんだ」  差し出した掌をグレンが肩に乗せる。腕が痛くなりそうだが、せっかくグレンと踊れるのだ。大きな櫓の周りを踊りながら進むと、なにやら人だかりがしているところがあった。櫓から続く小さな焚き火を、男女で飛び越えているのだ。 「火を飛び越えると、結婚できるって噂があるんだよね」とグレンを横目で見ると、「そういうことには詳しいんだな」と言われた。どういうことか説明してもらいたい。むくれていると、グレンが急に踊りをやめた。水色の瞳にはおどけるような光が浮かび、くいっと顎をしゃくった。 「俺たちも一緒に、あの火を飛び越えるか?」 「……うん!」  二人して小さな焚き火まで走って行き、順番待ちをしているカップルのあとに続く。少し離れたところから助走をつけて走る。 「行くよグレン、せーのっ!」  足元から吹いてくる熱風を感じつつ、ふたり並んで跳躍する。振り返ると、自分たちの起こした風で炎がゆらゆらと揺らいでいた。焚き火を見守っていたギャラリーたちが一斉に笑いだす。 「おふたりさん、勢いがありすぎて火が小さくなっちゃったぜ」 「だが、これくらい大きく飛び越えたら結婚も確実だ。お幸せにな!」  拍手まで湧き起こり、シリルたちを祝福してくれる。恥ずかしくてぼうっと立ちつくしていると、シリルより照れ屋なグレンがウウ、と唸った。 「目立ってしまったな。ここから離れるぞ」  手を引かれ、ひとけのない茂みまで歩く。日が落ちた中夏至祭の櫓が燃えさかり、人々の熱狂がたけなわなようすがよく見える。  シリルは繋いだ手をきつく握った。悩み相談小屋では騙されたが、そのおかげで自分の両親を殺した犯人を、グレンが探していたことが分かった。そして、そのことをおくびにも出さずにシリルを見守っていていてくれたことを思うと、胸がキュッと締め付けられる。 「父さん達のこと調べてくれてありがとう、グレン。色々あったけど、楽しかった。今日が終わらなければいいのに」  離れたくないよ、と小さく付け足すと、肺が痛くなるほどの力で抱きしめられた。 「グ、グレン……っ」 「俺もだ、シリル。家に帰って別々のベッドで眠るのは、もうごめんだ。いつまでも親元で生活するのも良し悪しだな。俺と新しい家に住むか?」  耳に吹き込まれる低音に眩暈がしそうだ。 「う、うん。でもそれって」 「結婚という形になる」  少し体を離され、真正面からそう言われた。宝石のような薄青の瞳が、夏至祭の炎を反射する。こんな場所でプロポーズを受けるとは思わなかったので、へなへなと足から力が抜けていく。 「シリル!? だいじょうぶか?」 「へ、平気。だけど気が抜けちゃって……。嬉しいよ、グレン。ありがとう」 「礼を言うのは俺のほうだ。お前は家にいるほうがいいのかと思っていたけど、俺を選んでくれるんだな」  頬に軽く唇を寄せられ、グレンの立派な長い頬髭があたる。 (くすぐったい……)  そう思っていると、口付けが唇に移動した。誓いを交わすような厳かなキスだった。 「今晩は家に帰らず、宿に泊まろう。おふくろたちも俺達が付き合っていると知っている。帰らない理由を察してくれるだろう」  足が立たないのでグレンに背負ってもらい、街の宿屋を探す。祭りの当日だからどこも予約で一杯らしく、空いているのは「ジェシーの館」という娼館隣にある連れ込み宿だけだった。自分たちの目的はそれなのに、歓楽を目的にした場所にいると、なぜか悪いことをしている気になってしまう。宿屋の入口でグレンが、背負ったシリルを振り返った。 「ここでいいか?」 「いいよ。さっきのお姐さんたちに見付からないうちに入ろう、グレン」 「いらっしゃい。ご休憩かね、それともお泊まりで?」 「泊まりだ。明日の朝食も頼む」  無愛想な客室係に案内された部屋は、二人寝転んでも平気そうな幅があった。だが真紅の薔薇模様の上掛けがかかっていて、壁紙も女性が好みそうなピンク色の甘ったるい内装だ。シリルは出鼻をくじかれたような気持ちになった。 「女の人向けの部屋だね……」 「仕方ない。ここしか空いていないからな」  唯一実用的なランプに火を点けるグレンは、いつも通り落ち着いている。その背中を見ていると、この人が好きだという感情がじわじわと膨れあがっていく。 (今日もグレンにたくさん助けてもらっちゃった。ここまで背負ってくれたし、『悩み聞きます』の情報斡旋屋の似顔絵を描いてくれたし。無口なところも、聞いたら答えてくれるって言ってくれた)  そういえば、情報屋と知らずに相談したとき、首筋を噛んでくれないと不満を洩らしたのを思い出した。 「シリル。灯りだが、あまり明るくなくていいか?」と振り向いたグレンの胴に手を廻す。 「グレン、お願いがあるんだ」 「なんだ?」 「……今日ここで、僕のうなじを噛んでくれる? 痛くてもいい、証が欲しいんだ」 「だが、お前は今発情期じゃないだろう。ちゃんとした番の契約にはならないが」  言い淀むグレンの唇を、同じものでふさぐ。チュッとリップ音を響かせ、豹の男を見上げた。 「それでもいい。僕の体に、グレンを刻んでほしいから」 「ありがとう、シリル」  濃い口付けを返されたかと思うと、着ていた服を剥がすように脱がされる。寝台に連れて行かれ、ゆっくりとグレンに押し倒された。首輪の鍵を、カチャリと外される。 「お前は一生俺が守る。もうつらい思いをさせたりしない」  グレンも自らのシャツを荒々しくはだけてゆく。あっという間に胸にしゃぶりつかれた。 「あ。グレン……っ」  すでに期待で尖っている先端を啄まれ、甘い痺れに酔いそうになる。時折軽く噛まれるたびに、ビクンと体が跳ねてしまう。 「感じているのか、シリル」  シリルの反応を見たグレンが嬉しそうな声を出す。もっと喜ばせてやろうと思ってか反対側の乳首も摘ままれ、恥ずかしさにいたたまれなくなって顔を隠した。 「隠すな。お前の悦ぶ顔が見えなくなる」  手を払われ、唇をふさがれながらも両手で乳首を捏ねられて、一体これはなんの拷問だろうかと思えてしまう。 「結婚するなら、俺に全部見せてくれ。恥ずかしがっていては分からない。昼間お前も言っていただろう」 (たしかに言ったけど……っ)  考えていることと褥のことは違うのではないかと思っていると、グレンは胸への刺激を強めた。サリサリとしたざらつきのある舌に舐められると頭に血が上ってしまい、ちゃんとした思考が出来なくなる。 「ふぁ。あ……っ」  耐えきれず、シリルはグレンの頭を掻き抱いた。フワフワとした獣毛が心地いい。後頭部の毛並みを愛おしむように撫でると、グレンはグルル……と満足そうに喉を鳴らしていた。 「次はどこがいいんだ?」 「ここ。ここも……っ」  白銀の獣毛に覆われた掌を股間に導く。瞳が潤んで、目を合わせられないほどの羞恥を覚えたが仕方ない。夫夫というものには、たとえ閨事でも隠し事はしてはいけないらしいから。 「シリルは素直だな」  クッと喉元で笑うグレンの手が、彼のものとシリルのものを合わせ握る。ふれ合わせられて分かったが、グレンの性器はこれ以上ないほど硬く反り返っていて、まだ半勃ちの己のものが恥ずかしいくらい立派だった。そんなシリルの気持ちを読み取ったのか、グレンが「お前だって、擦ればすぐに硬くなる」と囁く。そうしてまた胸をいじられながら力強く掌で愛撫されると、また意識が飛んでしまいそうになった。 (グレンのあそこの根元……。ノットっていうんだっけ)  性器の根元にある瘤状の固まりが睾丸に充たるたび、子作りするときにはここに子種を蓄え長い射精をするのだと意識してしまう。シリルのようなオメガにはない、アルファだけの器官だ。おまけに、グレンは猫科の身体的特徴を持っているから、性交時にはシリルの腸壁に棘状の針を刺して抜けないようにする。 (今度僕が発情した時、きっとグレンの子を孕むんだろうな)  性器を擦る手が早くなってゆく。恐れにもにた期待に股間が反応し、シリルは最初の高みを迎えた。 「はぁ、は……っ」  すっかり息が上がってしまい、仰向けに寝転がると、グレンはなんでもないことのように足のあいだに顔を埋めた。 「え!? やだっ」 「やだじゃない。次はここだろう」 「でも、今までこんなことしたことないのに」 「言っただろう、お前の悦ぶ顔が見たいと。オメガの男なら、だれでもここで気持ちよくなれるはずだ」  閉じようとする脚を押さえつけられ、抵抗が不可能だと悟った。シリルの直腸からは、オメガの体なら持つといわれる子宮より分泌される液体が流れ出ているのだ。シリルの足を開かせたグレンが、ペチャペチャと音を立ててそれを丹念に舐め取ってゆく。  ずくん、と体の奥が軋んだ。内腿に分泌液がトロトロと滴ってゆく。獣人であるグレンの毛並みが腿にふれ、くすぐったいけれどゾクゾクした。 「あ……」  腿に食い込んだグレンの爪にすら感じて、鳥肌が立った。グレンを抱きしめたいのに彼は遙か下にいて、もどかしい。  ふいに充分に潤った直腸内に、指を差し入れられた。長い指をあっさりと受け入れる自分が淫らだと言われているようで、火が点いたように顔が熱くなった。  そんなこともに頓着しない男の指がコリコリ、と前立腺の裏を刺激し、ふたたび胸を啄むように舐めはじめる。長い腕を伸ばし、胸と後孔を同時に攻めてくる。胸からは甘い疼痛を、後孔からはやめて欲しいような、もっとして欲しいような快楽に苛まれる。 「あぁ、グレン。グレン……っ」  前立腺を刺激され、胸の先端を吸い上げられるたびに、どこか遠いところへ連れて行かれるような錯覚を覚えた。たまらず首に腕を廻し、彼を抱き寄せる。温かな毛皮のぬくもりが心地いい。体を密着させていると、グレンの屹立が太腿にあたった。それは体内に受け入れるには怖ろしいくらいに大きくなっていた。 (さっきから僕ばかり気持ちよくなってる。グレンだって挿入したいだろうに) 「グレン、もう我慢しないで。僕の中に挿入って」 「シリル。だけどお前はまだ……」 「いいんだ、もう充分気持ちよかったから。挿入て、うなじを噛んで。……来て」 「分かった。噛むには後背位になってもらわないといけない」 「うん」  尻を突き出すようにして四つ這いになると同時に、分厚い胸板が背中に押しつけられた。 (グレンの上半身、背中で感じるとまた違う……)  考えているあいだに乳首をキュウっと摘ままれ、直腸の奥に響いてしまう。ドッと体液が後孔から漏れた。 「あ、またなにか出た……」 「今度は舐めてやれない。お前の中に挿入る貴重な潤滑油だからな」  すっかり猛りきったものを後ろに充てられ、今からあの大きなものを受け入れるのだ、と思う。直腸奥から出たぬめりを借り、グレンが体内に挿入ってくる。 「うぁ……っ」  グレンはもともと大きい成りだが、膨張した性器に体を裂かれるような錯覚を覚えた。体の大きな番を持つとこんな苦労もあるんだと、文字通り痛感した。 「痛いのか、シリル」 「少しだけだよ。馴れてきたらきっと大丈夫だから、動いてっ」 「シリル……」  いたわるように耳元に口付けが振ってきて、この人は相変わらずなんて優しいんだろうと涙ぐみそうになる。続いて腰を揺さ振られ、はじめ痛かった場所が違和感に変わってゆく。腸内でグレンの性器がこすれるたびに、違和感が悦楽というものに変化してゆくのを体で覚えた。知らぬうちに、グレンの律動に合わせ腰を揺らす自分がいる。 「気持ちいい。いいよ、グレンっ」 「愛している、シリル。俺は生涯かけてお前を守る」  その言葉のあと、プチリとうなじの皮膚が破れる音がした。 「ん……」    覚醒したときに派手な壁紙が目に入り、一瞬知らない女の人の家に来てしまったのかと勘違いした。朝陽がカーテンから透けて届き、小鳥たちのさえずりが爽やかに響く。うなじに走った痛みでそこに手をやると、すでに包帯を巻かれていることに気が付いた。 (そっか。僕、ゆうべグレンと……)  昨夜のことを思い出すと、いつもより大胆に振る舞った記憶しかなくて、思わず上掛けを頭から被ってしまった。 「シリル、宿の者に言えば湯をもらえるそうだが。……起きたんじゃないのか?」  浴室と思しき部屋から、グレンが顔を見せる。 「起きてる……」  顔を見せようと上掛けから頭を出すと、グレンが上半身裸でやってきた。立派な胸筋が目に飛び込んで来ると同時に、昨日背中であの胸を感じたことを思い出して照れてしまう。 「ちゃ、ちゃんと服着てよ!」 「寝間着のサイズが小さかったんだ。しばらくこの格好でいる。首の痛みはどうだ、ひどくないか?」  寝台に腰掛け、まだ横になったままのシリルを覗き込んでくる。心配そうな薄水色の瞳と目が合って、負担をかけているというのになぜか嬉しくなってしまった。 「大丈夫、そんなに痛くないよ。僕の我が儘聞いてくれてありがとう、グレン」  湿った鼻先におはようのつもりでキスをする。グレンが楽しいときや嬉しいときに鳴らす喉音が聞こえてきた。そのまま、幼い頃のように寝転がったままじゃれ合い、クスクスと笑い合う。 「家に帰ろう、シリル。父さんと母さんに、これからのことを話そう」 「おかえりなさいシリル君、グレン。夏至祭は楽しかった?」 「楽しかったよ。黙って泊まってきちゃってごめんなさい」 「いいのよ。でも、今度からは連絡してね」  昼近い帰りになったことを、両親は咎めはしなかった。穏やかに微笑んで接してくれる。暗黙の了解をしてくれるのは嬉しいが、二人揃っての朝帰りは気恥ずかしくて仕方ない。だが、それも首元の真新しい包帯を見られるまでだった。 「シリル君、その首……! グレン、まさか無理やりじゃないでしょうね?」 「無理やりってなんだよ」  キッ、とグレンを睨んだ黒豹の母を見て、やはり心配をかけてしまったのだと心が痛んだ。 「違うんだ母さん、僕が頼んだんだ。今はまだ発情期じゃないから、噛んでも意味がないって分かっていたけど、そうして欲しくて……」  二人のあいだに割って入ると、仁王立ちになっていた母がフンッと鼻息を吐いた。 「そう。だったらいいわと言いたいけれど、あなたたちのことだから、きちんと消毒してないでしょう。ちゃんと母さんに傷を見せて、治療させて。そうしたら、黙って帰って来なかったことも含めて許してあげる」 「母さん……」 「シリル、いい機会だ。今俺が言う。父さん、母さん。俺とシリルは近いうちに結婚する。職場に通いやすいように、領主様の屋敷の近くに家を建てるつもりだ」  グレンが四人の真ん中で宣言すると、父母は同時に喋りはじめた。 「本当か、グレン? この家を出て行ってしまうのか」 「シリル君、嘘よね? ずっとここにいるわよね?」  母に迫られ手を握られてうろたえるが、グレンを見ると「ちゃんとしろ」とでも言いたげな視線を寄越され、背筋を伸ばす。 「本当だよ。だって僕たち、もうとっくに大人なんだ。これから家族も増えるだろうし……」  子作りのための新居だとはとても言えなくて、ごにょごにょと語尾を濁す。大柄な黒豹の母は一瞬虚を突かれたように「家族……」と呟き、父のほうに向き直った。 「お父さん、男の子ってあっさりしてるのね。大事に育てた息子二人がいっぺんに旅立ってしまうなんて、めでたいことだけどさみしいわ」 「しかし、結婚するなら、家を出ることも祝うべきなのかもしれんな」  夫婦二人にしか分からないことを言い始め、シリルとグレンは顔を見合わせた。 「でも、ちょっと待って。二人の子供が見れると思うと、少しでも早く本当の番同士になってほしいと考えてしまうわ。一体どうしたらいいかしら」  いつも冷静な彼女らしくなく、夢見るように頬に手を添えた母の思考が、想像の世界に浸ってゆくのが手に取るように分かり、シリルはただ見守るしかなかった。その横をグレンが通りすぎる。 「じゃあ、俺はこれで。描きかけの絵があったのを思い出した」 「僕も」と言いかけたが、肩をむんずと掴まれ立ち止まった。 「……シリル君、あなたは待ちなさい。噛み傷はきちんと消毒しないとね」 「母さん……」  その後は母の独壇場だった。孫は三人欲しいとか、もし四人目が生まれたら遺伝の法則で黒豹が出来るとかという想像図を、首の治療が終わったあとも聞く羽目になってしまった。居間の椅子で仕方なく聞いている父をちらりと横目で見ても、励まされるように頷かれ、これが無断外泊の報いなのだと愛想笑いで凌ぐしかなかった。 「そうそう、これも聞いておかなくちゃ。シリル君は子供は何人欲しいの?」 「ふ、ふたりくらいだけど。もう、勘弁してよ母さん!」  くだらない話に付き合いつつ、生ぬるい安泰がこの家にいつまでもありますように、と心の隅で願う自分がいた。 【了】

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