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プロローグ(3)

夜になると、ここにあいつが来る。 ローションや、ティッシュが置かれる。時には目隠し用の布や、手錠や、綾人に使ってあいつが遊ぶおもちゃが持ち込まれる。撮影用の携帯と、あいつの身体と同じ匂いのする煙草と、注射器と…… あれは、なんの薬なのだろう。 初めて肘の内側に打ち込まれたときは、ひどく怖かった。殺されると思った。やめてくれと泣いて頼んだ。何でもするからと懇願する綾人にあいつは自分のものをしゃぶらせたけれど、結局は慣れた手つきで何かの液を綾人の静脈に滑り込ませた。 血管が脈打ち、目玉が飛び出して血を吐く自分を想像したのに、綾人を襲ったのは倦怠感だった。身体がひどくだるく、頭もぼうっとしているのに、不思議なほど触覚だけが敏感になった。実験動物を観察するように綾人を見ていたあいつの手がふいに伸びてきて首筋に触れると、そこから身体中に甘い快感が走った。 「んあ…… っ?!」 思わず、声が出た。鳥肌と乳首と性器が同時に勃った。息が上がり、動悸がして、身体がうずいた。 あいつが満足そうに、目を糸のようにして綾人を見ていた。 そういう薬かーー そう考えたところでまともな思考が途切れた。 刺激を求めて正気を失った自分が、一晩中、なにを求め、貪ったのか…… 目が覚めたとき、綾人は一人のベッドで声をあげて泣いた。薬の副作用か、嫌悪からか、えずいては吐いた。胃がからっぽになり、口の端を胃液が伝うだけになってもなお、腹の痙攣と身体の震えが止まらなかった。 そしてそれは、綾人の日常になった。 薬を打たれると、自分の意志とは関係なく刺激が欲しくてたまらなくなる。薬が切れると激しい嫌悪と嘔吐に苛まれながら、身体は覚えさせられた快楽を渇望する。求め、与えられ、記憶が飛ぶほどの快楽と、嫌悪と後悔と嘔吐と、淫欲と渇望と投薬と充足と射精と諦観と愉悦と嗜虐と朦朧と絶望とーー いっそあの注射で、死んでしまえばよかったのに…… もしまた和臣に会うことができても、汚い自分をもう愛してはくれないだろう。 今の綾人の楽しみは、眠ることだけだった。眠って、和臣の夢を見る。優しく名前を呼んでもらう。頭をなでてもらう。一緒にご飯を食べて、テレビを観て、甘いキスをして。 絶望と欲望に支配されたこの狭い部屋の中で、夢の中だけが綾人の聖域だった。

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