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土曜日(3)
少し先を歩いていたナギサは、後ろで和臣が短く息をのむ音で振り返った。
和臣は、両肩にバッグを下げたまま立ち止まっている。
うつむいた顔が蒼白だった。
「和臣っ!?」
異様な様子にナギサが駆け寄って声をかけても、彼の耳には届いていないようだった。目の焦点が合わず、息が荒い。今にも倒れそうな和臣を、ナギサはとにかくその場に座らせバッグを下ろさせた。額に汗が噴き出している。色をなくした唇の奥で、歯がカタカタと鳴っていた。
ナギサは和臣の隣に膝をつき、小刻みに震える彼の冷たい手に自分の手を重ねた。そして、広い背中をゆっくりとさすりながら、落ち着くのを辛抱強く待った。
道行く人たちが、心配そうに視線を送りながら通り過ぎて行く。
荷物を下ろし、身体を低くしたおかげか、和臣の顔色は少しずつ戻っていった。
和臣が意識して呼吸を整え始めたのを確認して、ナギサは声をかけた。
「エトぉ、どおした?大丈夫?」
和臣はナギサの声に反応して顔を上げたが、その視界の端に何か恐ろしいものを捉えたかのように、固く目を閉じて歯を食いしばった。
和臣の額に流れる汗を、ナギサは服の袖で押さえた。
そうしながら、自分の後ろに視線をやった。和臣が凝視していたところには、植え込みの土の上に、平たい小さな木の破片が一つ落ちている。伸びた雑草が、その一部を隠していた。
「…… アイスの棒?」
何気なく口から出たその言葉に、和臣の肩がびくりと震えた。その背中がゆっくりと持ち上がるのを見て、あ、吐く、とナギサは思った。
あいにく袋など持ち合わせていない。
ナギサは両手をお椀の形にして和臣の口の下につけると、ひるまない気持ちの準備をしてその時を待った。
蒼白い顔で、和臣が目を見開く。
やがて息をつめていた和臣の喉仏がごくりと動き、温かい息がナギサの手のひらに吐き出された。
―― こらえたか……
「エトぉ、大丈夫?立てる?」
まだ唇は白く、額に汗が光ってはいたが、和臣は小さくうなずいてゆっくりと立ち上がった。遠巻きに、または通りすがりに、心配そうに和臣を見ていた通行人たちが、ほっとした表情で歩みを早める。
「ベンチとか探すより、もうすぐそこだから、とにかく帰ろ。ね?」
見上げるナギサに促されるままに、和臣は重い足を引きずるように家路をたどった。
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