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ナギサの話(1)

「…… 人間の想像力ってのは恐ろしいもので、それからは、見てもいない綾人の墓が夢にも出てくるようになって…… 要は病んだんだな。有休使い果たして仕事もしばらく休んだよ。カウンセリングに通って、薬も飲んで、まあ時間が解決した部分が大きいとは思うんだが、だいぶましになった。でも…… 恥ずかしい話、2年以上経っても、まだ突然パニックになったりするよ。」 「…… 」 「さっきみたいにな。」 和臣が話している間、ナギサはずっと怒ったような顔で黙って聞いていた。まじめな顔が怒っているように見えるのかもしれない。話が途切れると、軽くうなずいて先を促した。一言も口を挟まなかった。 「俺の話は終わりだよ。」 ナギサは怒った顔のまま、しばらく何も言わなかった。への字に結んだ口の下で、細い顎がぼこぼこになっていた。 「おまえ、たこ焼きになってるぞ。」 和臣がそう言うと、 「はぁ?」 ナギサはチンピラが威嚇するような表情でようやく口を開いた。 「ここ」和臣が自分の顎を指で示すと、 「たこ焼きって、それ、最近の若者には通じねえと思うよ?」 そう言って破顔した。ひゃはは、おっさんだ、三十路だ、中年だ、ナギサは立て続けに言って和臣をからかった。和臣は一つため息をついた。 「最近の若者に、ちゃんと通じたじゃないか。」 それを聞いたナギサは一瞬の沈黙の後ににやにやと笑い、 「今度、オレの番ねぇ?」 そう言って話し始めた。 「オレさぁ、ま、自分で言うのもなんだけどほら、可愛いからさあ?いっつも若く見られるんだけどぉ、実は意外といっちゃってるんだよねぇ。や、まだおっさんじゃないよ?三十路じゃないけどさぁ?」 張り切って語尾をのばしたり上げたりしている。 「特別に、秘密大公開しちゃうけどぉ、実はぁ、オレ江藤先輩の高校の後輩だったんですぅ。2コ下のナギサちゃん、覚えてないかなぁ?」 「…… まじかよ…… 」 「まじだよぉ?こう見えてオレ、アタマ良いんだよぉ?」 「…… 信じがたい。」 和臣の母校は県下でも有数の進学校だ。毎年卒業生の多くは有名大学に吸い上げられ、そのほとんどがその後もエリートの道を進んでいく。 「能ある鷹は爪を隠すってねぇ!オレこんなだけどほんとはインテリよん?江藤先輩、放送部だったっしょ?オレいっつも聴いてた!そんで洋楽?目覚めちゃった!マジ!」 放送部時代、和臣がよく昼の校内放送に好きな洋楽をかけていたのは事実だ。 「江藤先輩が卒業してからだけどぉ、オレも放送部入ったんだよね。そんで、江藤前部長の伝説聞いちゃったわけ!えっと『溶けて落ちちゃった事件』?放送機材だめにしちゃったってやつ?マジうけたよぉ。」 それは「江藤アイス事件」だ。 卒業してからも、まわりには散々からかわれた。

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