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日曜日(2)

ひとつひとつを取り出して見たい衝動に駆られたが、それは断念した。すべてを元通りに箱に収めることは不可能だ。 箱の底の方に、青いスポーツバッグのナイロン生地が少しだけ見える。 その内ポケットに入っている通帳と印鑑に、和臣は気がつかなかったのだろうか。あえて中身を見ないようにして、機械的に片づけたのだろうか。 通帳を見たのなら、ナギサと名乗ったときに和臣が反応しなかったはずがない。 その表紙には、綾人が和臣にも決して明かさなかったフルネーム「名木佐綾人(ナギサ アヤト)」が印字されているのだから。 「苗字は?」 昨日いぶかしげな眼で聞いてきた和臣の顔を思い出して、苦笑した。ナギサが苗字だよ、そう答えたらどういう反応だっただろうか。 綾人はカミングアウトしてから知り合った相手には、苗字を知られないように気をつけていた。履歴書を持つ店長にはむやみに口外しないように頼み、一緒に暮らしている和臣にさえ隠していた。 「勘当された身だから、苗字なんてないよ」 そう言ってはぐらかした。 綾人の実家は祖父が財を成したいわゆる成金で、父の采配で事業を大きく展開した。派手な広告戦略でテレビCMを垂れ流し、ナギサグループの名は全国に響き渡った。 「あなたの人生にやさしく寄り添う、ナギサグループ」 CMの最後に必ず流れるそのキャッチフレーズを聞いたことのない日本人は、おそらくいないだろう。 父は企業イメージというものを殊更(ことさら)に大切にした。子どもたちには常に品行方正であることを望み、印象というものがどれだけ人間の行動に影響を与えるか、繰り返し説いた。 だからこそ、ナギサグループの跡取りとなるべき綾人がゲイであることを受け入れられなかったのだろう。 同性愛に偏見を持つ人は多い。今の綾人はそれを身をもって知っている。企業イメージを損なうことを恐れ、綾人を排除した父の判断は理解できるような気がした。 代議士に嫁いだ姉とその婚家にも迷惑をかけるかもしれない。勘当されても、綾人には父を恨む気持ちはなかった。 ゲイの自分は、存在するだけで家族の負担になる。そう思って生きるのはつらかった。 和臣に愛されるまでは。 和臣に抱きしめられ、一緒に暮らそうといわれた時、綾人は涙が出るくらいうれしかった。 温かく迎えられ、長く抱き合って、たくさんキスをもらった。生まれて初めて心も身体も愛されることを知った。幸せすぎて、毎日がめまいの連続だった。 お互いに家族以外と暮らすのは初めてで距離のとり方に戸惑ったけれど、後半も和臣が語ったほど、ずっとぎくしゃくしていたわけじゃない。不機嫌な時もあったけれど、和臣はいつだって優しくて、喜びをたくさんくれた。 けんかの後にはそれまで以上に愛しくて、愛しあった身体を寄せて眠った。

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