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日曜日(3)

それなのに。 どうしてあの日、あんなつまらないことで家を飛び出したりしたんだろう。 財布と携帯を握りしめてサンダルで家を出た綾人は、コンビニを通り過ぎて駅に向かった。駅前の本屋はまだ開いている時間だった。 本屋で立ち読みでもして、時間をつぶそう。和臣が時々買ってくる雑誌の特集が興味のありそうなものなら、買って行ってあげよう。でも、雑誌なんかのんびり読む暇あるかって、また不機嫌になったらどうしよう。 そんなことを考えて歩いていた。 そして、あいつに声をかけられたのだ。 がっしりした身体の、目の細い男だった。思い出すだけで身体が震える。 綾人君だろう?ああ、会えてよかった。急にお店がつぶれて、会えなくなったから、心配していたんだよ。 そう言われて、どう反応していいかわからなかった。粘着性を帯びた視線に違和感を覚えた。曖昧に笑って、短い返事をして離れようと思った綾人に、あいつは突然何かを押し付けた。 気がついたときには、首輪をつけられて白い部屋のベッドに寝かされていた。 裸で、何日も、何度も…… 胃液があがってくるような不快感に襲われ、ナギサはとっさに目の前の段ボール箱にすがりついた。薄い水玉模様の蓋が、目の前にある。 唾を飲み込み、震える身体で大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。 だいじょうぶ。こらえられた。 ここは和臣の部屋。 だいじょうぶ。 帰ってきたんだ。 だいじょうぶ。 だいじょうぶ。 ナギサは箱の前に正座し、祈るように両手を組んで目を閉じた。 昨日、和臣の話を聞いている時に、取り乱したり吐いたりしなくて、本当に良かったと思う。上出来だ。本当はひどくショックで、今にも叫びだしそうだった。 和臣が、知っていたなんて。 綾人があいつに飼われていたことを、何をされたかを、知っているなんて。 その姿が、公開されていたなんて。 和臣が綾人を死んだものと思っていることにも驚いたが、自分が他の男に凌辱されたことを知られていたことが、何よりもショックだった。 和臣は、飛び出したきり戻らなかった綾人を怒ってはいなかった。それを心配していたから、その点はよかったのだが。その後自分に何があったかを知られるくらいなら、むしろ恨まれていた方がましだった。 汚れた自分が、ひどく悲しい。 やはりもう戻れないのだ。 そう、甘くはないのだ……  

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