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3ヶ月前(2)
一人で放り出されて、これからどうしろというのだろう。
衝動的に繰り返した自殺の心配ももうないと、太鼓判を押されて社会に戻ったのに。
冷静になった頭で考えても、自分に生きる価値と意義があるとは思えなかった。
ーー 死のう。
できるだけ人に迷惑がかからない方法で、ひっそりと終わりにしよう。
一度そう肚を決めるといっそ気軽になって、どうせ死ぬならその前に、好きなことをやってから死のう、という思いが生まれてきた。人間とは欲深い生き物だ。無を望んだ次の瞬間にはもう欲がある。
綾人は考えた。自分が一番したいことはなんだろう。
考えても、考えても、やりたいことなどたった一つしかなかった。
和臣に、会いたい……
「おまえのこと、探してる奴なんて誰もいない」
あいつに何度もそう言われたことを思い出す。
探してくれなかった和臣を責めることなどできない。あの日和臣のマンションを出たのは自分の意志だ。それきり帰れないとは知らずに。
和臣はきっと、荷物もそのままで出て行った綾人 に腹を立てているだろう。もし怒っていなかったとしても、もう綾人 のことなんか忘れて新しい恋人ができているだろう、そう思った。
それでもいい。
普通に、幸せに、暮らしている和臣を一目見たら、もう思い残すことはない。
たくさん愛してもらった思い出とともに、潔く死のう。
ストーカーまがいのことをしていると自覚しながら、綾人は和臣の住所と職場が変わっていないことを確認した。会社の近くの公園でひそかに待って、久しぶりに和臣の姿を見たときには涙が出そうになった。
少しやせたのか、顔つきが鋭く見えた。
でも、大股で歩く磨かれた革靴も、艶のある黒いコートも、その下の細いストライプのシャツも、綾人の見慣れた和臣のものだった。
真冬の寒い夜だったので、綾人は帽子とマフラーでほとんど顔を隠していた。以前と同じ服など一枚も持っていない。たとえちらりと和臣に見られたとしても、遠目なら自分だとばれることはないだろうと、距離をとって後をつけた綾人が見たのは。
和臣が、他の男と連れだってホテルに入る姿だった。
待ち合わせをしていた風だったので恋人かと思ったが、それならばホテルに行く必要はない。それに、会ったとき、歩いている間、二人の様子に親密な空気はなかった。
つまりそれは。
一夜の相手。
綾人とつき合う前、和臣がそういう生活をしていたことは、なんとなくわかっていた。本人は語りたがらないし、綾人から訊いたこともないが、「つき合うのは綾人が初めて」なのに、「セックスは慣れている」ことを見れば誰でもわかる。
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