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月曜日(4)
綾人が金曜日の事故で亡くなった。
そのことよりもむしろ、綾人がつい先日まで生きていたことの方が、和臣にとってはショックだった。
ーー 2年も前に死んだと思っていたのに。生きていたのなら、どうして帰って来てくれなかったのだろう。やはり戻ってこなかったのは綾人本人の意志だったのだろうか。
忍に聞かされた話が全部嘘だった?
物質的なものは何も見ていない。すべては忍の話だけだ。しかし、演技をしているようには見えなかった。和臣を騙したところで、メリットもないだろう。
忍も誰かに騙されていたのか?
創作された虚偽のサイトに踊らされただけだったのだろうか。
綾人は和臣と別れてから、新しい人生を普通に楽しんでいたのだろうか。
ーー それならそれでいい。俺が勝手に勘違いして、無駄に苦しんでいただけの話だ……
綾人の人生が幸せだったのなら、それでいいと思えた。
若くして事故死、それももちろん悲劇だが、見知らぬ男に監禁された末に殺されるよりは、ずっといい。
死因に優劣をつけるべきではないかもしれないけれど。
金曜日の事故で亡くなったのは、綾人本人に間違いない。悲しいけれど、それは認めざるを得なかった。
15年前の綾人の映像。あの柔らかそうな黒髪。まぶたのきわにある泣きぼくろ。忍のカフェに通い詰めたときから盗み見ていた、触れたくて仕方がなかった綾人のものだ。
母親は綾人が中学生の時に病気で亡くなったと聞いていた。報道ではそのことには触れていなかったが、多忙な父親が海外出張から戻るまで、身元確認ができなかったことと符合する。
弟とは和解できたのだろうか。金曜日のあの時間に同じ事故に巻き込まれたということは、どこかで一緒に飲んだ帰りだと考えるのが自然だと思われた。
ーー 俺の知らない2年半の間に、綾人の人生も動いていたんだな。
もちろん寂しさはあるが、和臣はむしろ穏やかな気持ちだった。
ただ、説明がつかないのは。
ナギサ。
あいつはいったい、何者なんだ。
なぜ、俺が知らなかった綾人の苗字を名乗って俺に近づいた?
なぜこのタイミングで?
あいつが突然マンションに現れたのは、綾人が事故にあった直後だ。
綾人の死と関係のある誰かが何かの意図をもって俺に近づいたのだとしても、動きが早すぎる。
まるで、事故現場から飛んできたかのように――
和臣は全身に鳥肌が立つのを感じた。
ふと見渡すと、食後の一服を楽しむ人でいっぱいだった喫煙室には、すでに和臣しかいない。いつの間にかテレビも消えている。
慌てて時計を見ると、席を外してから2時間近くが経過していた。和臣が吸いかけで放置したマルボロは、灰皿の中でフィルターだけになっていた。
仕事に集中できるはずがない。
それはわかっていたが、とりあえずデスクに戻らなければ。
携帯電話をポケットにしまい、椅子から立ち上がる。ずっと同じ姿勢で座っていたせいで、腰が痛かった。
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