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月曜日(5)
和臣がデスクに戻ると、席の近いものから口々に、「お帰りなさい」と言われた。
長い不在に対する嫌味なのか、本当に外出していたと思われているのかは不明だが、この寒空に上着を置いて社外に出かけるわけもないことくらいわかるはずだ。
ナギサは上着を取りに来ただろうか、と和臣は思う。昨夜、怒りにまかせてナギサを蹴り出したことを、和臣は後悔していた。いや、蹴ってはいない。膝で押しただけだ。……同じことか。
あんなふうに誰かを力任せに引きずったのは、人生で初めてだった。
「あ、あの、オレ…… 」
玄関で何かを言いかけていたナギサを思い出す。何を言おうとしていたのだろう。話くらい聞いてやってもよかったのに。
窓から外を見ると、3月の冷たい風が街路樹を揺らしていた。
あの迷彩柄のシャツ一枚では、凍えてしまう。家に帰ったら、玄関ドアに下げたあの紙袋が、なくなっているといい。
ーー それどころか、うちにあるナギサが存在した形跡が、すべて消えてなくなってるかもしれないな……
突然頭に浮かんだ自分の考えに、和臣は瞠目した。
ナギサが存在した形跡。
そもそもそんなものがあるだろうか。
ナギサは何も持たずに家に来た。ズボンのポケットに携帯や財布くらい入っていただろうと思うが、手ぶらだった。
使ったコンドームは今朝、他のごみと一緒に燃えるゴミに出した。土曜には一緒に買い物に行ったけれど、支払いは和臣がしたし、ナギサが個人的に買ったものなどなかった。
そういえば、自分がゴルフに行っている間、早朝から夕方まで、ナギサは何か食べたのだろうか。今朝ごみをまとめたときには、そういう形跡はなかった気がする。
鍵を渡していないから、外食もできなかったはずだ。
鍋のときは?向かいに座っていたナギサが食べていたかどうか、まるで覚えていない。
それに、あの服。結局ナギサは3日間、ずっと同じ服を着ていたんじゃないだろうか。真夏でないとはいえ、生身の人間ならさすがに気になるだろう。
金曜日の夜、外廊下に立つナギサの身体がほんのりと発光していたように見えたのを思い出す。明るい金髪のせいかと思ったけれど、もしかしてあれは……
全く仕事にならない。
周りの人間も、和臣が仕事をしていないことくらいさすがに分かっているだろう。何もしていないのに、時計を見ると就業規則上の業務時間をちょうど超えていた。
和臣は体調が悪いことにして、荷物をまとめて職場を離れた。
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