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Ⅰ 強制結婚!!④

「ほかに誰がいる?」 耳元に吐息が吹き零れた。頬から去った掌の温もりを名残惜しい……なんて思ってしまった俺は、まだ夢うつつなのだろうか。 「プロポーズの言葉が必要か?」 緋色の瞳が燃えている。 すぐ隣にいる。間近にいるのに、俺を映していない。 (俺……結婚するの?) 「正確には、もうしている。私達は既婚者だ」 「そんなのっ」 結婚式も挙げていない。 指輪だって貰っていない。 「必要ないだろう。式も指輪も。婚姻なんて紙切れ一枚の契約だ」 「そうだけど……」 「不服か?」 声だけで、キリッと鼓動を締めつけられる。 「結婚はΩの義務だ」 全Ωの婚姻が法律で義務化されている。 「知ってる!」 でも。 「修学中は免除される」 俺は大学生。成績もトップを維持して院に進学する。 修学中は特例として結婚を免除されるから。 「そうやって先延ばしにするのか」 「……そうだよ」 いつか結婚しなくちゃいけない。 でも、先延ばしを目の前のこいつにとやかく言われる筋合いはない。 俺達は今日逢ったばかりの他人 「じゃない」 口角が不意に笑んだ。 他人じゃない。 「だから言うさ」 キスしたのに。 視線も合わせない。 優雅に微笑む。 その気品はまさに、α 「お前の夫だ」 視線すら合わせない緋色の瞳に揺らめいたのは、オレンジにの夕陽。 瞳が火を宿す。 「今日から私達は夫婦だ。お前はこの部屋で暮らせ。私達の愛の巣だ」 「なにを勝手な!」 「勝手じゃない。法律に基づいた同棲だ」 目の前に突きつけられたのは、たった一枚の……… 婚姻通知書 この手紙が届いたΩは、配偶者欄に記載されたα、もしくはβと結婚しなければならない。 「本来なら郵送されるところだが、お前に直接渡したくてね。プロポーズ代わりだ」 愛情のカケラもない。 たった一枚の紙で結婚する。 法律に基づいた強制だ。 「Ωのお前に拒否権はない」 唇が薄いベールの微笑みをまとう。 「この手紙が届いた時点で、私にも拒否権はないが」 選択の余地はない婚姻なのだ。 「愛はないが結婚しよう。それがお互いのためだ」 けれど……… 大学生の俺は結婚を免除されるのに。 どうして婚姻通知書が届くんだ。 「Ω特例法は撤廃された。昨夜、深夜にまで及んだ国会で」 「聞いてない」 重大事じゃないか。 国の仕組みが変わるんだ。ニュースにだってなる筈…… あ、そうか。 俺、今の今まで寝てたから。 ニュースになっている事すら知らないんだ。 「強行採決をした。野党の古狸どもは黙らせてやったさ」 (どうして?) この男は、そんな事を言うんだ。 (これじゃあ、まるで……) 日本が、この男の掌で踊らされているみたいだ。 「踊らされている?違うな」 額に落ちた一筋の黒髪を、彼は掻き分けた。 「この国が強国に生まれ変わろうとしているだけさ」 なぜ、お前はこの国を語るんだ? 「私が語らなければ、我が国は前進しない」 「どうして……」 俺、彼を知ってる。 たった今、気づいた。 雑誌で見たんだ。確かメンズの…… 「お前、モデルだろ!」 「あぁ。そう言えば以前、モデルの真似事もやったな。国民の政治への関心を集めるための手立てとしては面白かった」 額の黒髪を指先が払う。 「分からないか?」 雑誌を飾っていた髪型とはまるで違う…… 「有権者は私を選んだ」 次期・内閣総理大臣になる男 鏑木(かぶらぎ) 悠司(ゆうし) 「お前は未来のファーストΩだ」

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