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Ⅰ 強制結婚!!⑥

「いけないな。傷がつく」 捕らえられた手首に…… チュッ 唇が降りた。 じんじん熱い。 口づけが施された場所が、見えない手枷をはめられたように。 「離さないよ」 ドキンッ 鼓動が刺された。 暗闇の中で。 (あたたかい……) 声。 髪を撫でる掌も。 手首を握る手も。 熱くて、ドキドキして…… 心地いい…… こんなふうに触れられたの、いつからだろう? 真っ暗闇で震えて泣いていた体を抱きしめてくれた温もりは、今はもう幼い日の思い出…… 俺には必要ないって思ってた。 闇に怯えるほど子供じゃなくなった。 大人になって、闇の怖さを忘れてしまった。 ……忘却が怖い。 知らずに思い出が闇に包まれる。 大切な日の記憶が…… 「Ωはαの物だ」 ………俺、なに期待してたんだろう。 この手の温もりは、俺を慈しんでいるんじゃない。 Ωだから 子を産めるから、この手は俺を撫でてくれるんだ。 俺じゃなくてもいい。 Ωなら…… Ωの俺だから、撫でてくれる 行為の前の『前戯』として。 温もりはΩのためのもの 俺のものじゃない。 「怖いのか」 真っ暗闇を穿つ射光が零れる。 カーテンが突然の風にはためいた。 やっぱり…… 緋色の双眼は俺を見ていない。 (なに……期待してるんだよ) 愛のない結婚なんだ。 たった一枚の紙で、強制的に婚姻を結ばれた間柄なのだから。 俺も、この人も…… 無理矢理なった夫婦の俺達が愛情なんか育めない。 なのに。 「怖くないよ」 風の吹き止んだ窓が影を落とす。 訪れた闇が、そっと手を伸ばした。暖かな体温を宿して。 「どうしたら泣き止んでくれるんだ?」 吐息が頬に触れた。 生暖かくて、艶かしくて、湿った感触が這う。涙の軌跡を。 わけもなく溢れてくる。 頬に伝う雫を舌がぬぐう。 『変わらないな……あの頃から、なにも』……… なんて言ったの? 声を追うけど、消えた斜陽の陰に流れる。 闇色の唇が奏でた声が、闇に飲まれる。 もう聞こえない。 「どうしたら泣き止んでくれる?」 そっか…… αが答えを求めている。 答えないと。 俺はαに支配されるΩだから。 αの望みだ。 逆らってはいけない。 「無理矢理、抱いてください」

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