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「でもね、小学校に上がってしばらくして、耳を塞げば心の声が聞こえなくなるって気付いたんだ。そこから毎日、授業中は何とか我慢して、休み時間は誰も居ない所に行ったり、耳を塞いでじっとしたりしてたんだけど……。その頃からかな、人と話すのが苦手になったのは」  人見知り、というのもきっとそのせいだ。  園山は地元の公立中学校に進学したため、小学生の頃のメンバーはほぼ変わらず、いじめは続いたという。 「なぁ……いじめって、辛かった…よな」 「まあね。最初はどうして俺が、って思った。でも慣れてくるとさ、毎朝机に書かれた落書きを消すのが当たり前になっちゃって。身体にあざができても、痛みに慣れればどうってことなくなる」  それを聴いて祥は、あの日のことを思い出していた。  園山に手を上げてしまった時、全く動揺した姿を見せなかったのは、恐らくそういった行為に慣れていたせいだろう。それを思うと、胸が痛くなってくる。 「……これからは、嫌なことあったら俺に言うんだぞ」 「ふふっ、心強いね」  うなじの辺りに柔らかい息がかかり、そのくすぐったさに甘く吐息を漏らした。  「このヘッドホンは、中学に上がるとき父さんに貰ったんだ。でも、これでもいじめは無くならないって分かってたから、今みたいにずっと付けてはいなかった」  いいお父さんだな、と言ったら、園山の家は父子家庭であることを教えてくれた。その父も出張が多い仕事で、今はほぼ一人暮らしの状態だそうだ。料理ができるのもそのせいだという。 「それで、高校は地元の人がいないとこにして、入ったら絶対にヘッドホン外さないって決めたんだ。とにかく自分を守ろうと思って。でも毎日先生に怒られるし、態度が悪いと思われて停学になったこともあるし。いっそ退学になる前に転校することにしたんだ」  そして、他に地元の人が誰もいないこの学校を選んだ、とのことだ。  祥は思った以上に園山のこれまでの人生が辛いものだと知り、少なからずショックを受けていた。 「情けないよね。嫌なことから逃げて、こんなに遠くまで来ちゃって……」 「情けなくなんかない! 園山は凄く頑張ったよ。だから、もう俺が、お前を絶対独りにはしないから」 「ありがとう……本当はね、こんな力、嫌で嫌で仕方なかったけど、井瀬塚に会えたから、ちょっとだけ好きになった」  祥を抱く腕に力がこめられた。その手に自分のものを重ね、ぎゅっと握る。 「――初めてっだったんだ」 「え、何が?」 「誰かに話しかけてもらったの、井瀬塚が初めてだったんだ」  祥に、園山が転入してきた当初の記憶がよみがえってくる。  だが始めは、ヘッドホンを付けっぱなしのクラスメイトを怪訝な目つきで睨みつけるだけだった。 「でもあれ、話しかけるっていうか、怒鳴りつける感じじゃなかったか」  確か園山への第一声は『おいお前、ヘッドホン外せ』だった気がする。 「それでも嬉しかったんだ、毎日毎日話しかけてくれて。このままヘッドホン外さなかったら、ずっと話しかけてもらえるんじゃないかって思ったりしちゃった」  そんな中、祥の怒りが爆発して園山を殴ろうとしてしまった。やはりあの時、心を読んで攻撃を見切っていたそうだ。 「でもね、それ以上に、井瀬塚の真っ直ぐな性格が好きになったんだ」 「ていうか、真っ直ぐすぎて逆に短所じゃねえか?」 「そんなことないよ。初めて一緒に帰った時、井瀬塚は俺なんかにも優しくしてくれて、好きなものを偽らなくて、正直で、本当にすごいと思ったんだ」   必要以上に褒められて、だんだんいたたまれないような気恥ずかしさに襲われる。 「あ、あんまり言うな! 照れる……」 「そうやってすぐ紅くなっちゃう所も、可愛くて好きだよ」 「っ!」  こめかみにキスを落とされ、祥は顔といわず耳まで真っ赤に染めた。  どう対応すればよいか分からず、逃げるように視線を空へと向ける。太陽が眩しかった。 「この屋上も、本当は誰にも教えたくなかったんだ。ここは静かだから、他の人の目や音を気にしないでいられるから。でも、そんな場所を誰かと共有したいって思ったのも、井瀬塚が初めてだったんだ」  あの後、祥の家に誘われたときも本当に嬉しかったと言う。父子家庭の園山にとって、母の手料理というものが新鮮で、幸せだったと。  だが、そこで事件が起きた。  祥がヘッドホンを外してしまったのは大した事ではなかったらしい。問題は、優梨が入ってきたことにあった。 「筑戸がさ、井瀬塚が俺と仲良くしてるのは、俺のヘッドホン外させるためで、俺に好意なんか持ってないって言ったんだ」 「何だそれ! あ、いや確かに最初園山と仲良くなろうとしたのはその通りで、そう言ってくれたのも優梨だけど、あの時はもうそんな事どうでもよくて、素直にお前と仲良くなりたいって思ってた! 優梨が誤解してたんだろ」  その言葉にショックを受けた園山は祥の家を飛び出した、という訳だ。  だがあの時優梨は、園山は急用で帰ったと言っていた。なぜ嘘をついたのだろうか。

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