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「でもこのままじゃいけないよな」 「そう、だよね……」  翌日、祥と永緒は共にお昼を食べていた。といっても、今日は生憎の雨のため、屋上には出ずに塔屋の中で食べている。  永緒がヘッドホンを付け続けていたら、前いた学校のように教師と上手くできずに停学になってしまうかもしれない。それだけは何としても防がなくては。 「でも、どうしたら良いのかな」 「俺昨日さ、お前に俺の声意外聞かなきゃいいって言っただろ。それやってみないか」 「どういう事?」 「お前は他の奴と喋っている間、気持ちは俺に集中させてといて、俺の心の声だけ聞くようにする。そうやって俺以外の声をシャットアウトしていって、最後に俺の声を聞こえなくする。そうすれば、永緒は完全に人の心の声が聞こえなくなるかも!」  我ながら名案だと思った。だが永緒はどこか不安げな面持ちだ。 「どうした?」 「いや、いきなりヘッドホン外すのはちょっと怖いかなって。やり方としては、凄く良いと思うんだけど……」 (そっか、今までのトラウマがあるもんな)  今、永緒は大きな分岐点に立っている。この問題を乗り越えられれば、この先もっと楽に生きられるだろう。そんな大事な局面にある恋人の背中を押すだけでは駄目だ。共に歩んでいかなければ。   「大丈夫。俺が永緒の傍から離れないから、心配すんな!」  自分の胸をどんと叩いて明言すると、永緒は眉尻を下げて微笑む。 「――ほんと、祥には助けられてばっかだな……」 「え、今何か言った?」  何か呟いたようだが、声が小さくて聞き取れなかった。聞き返したが、それはただの独り言だったようで。 「ううん、何でもない……俺、頑張ってみるよ」 「お、そうこなくっちゃな。じゃあ、早速ヘッドホン外そうぜ」 「い、今から!?」 「うん」  膳は急げと言うし、明日から始めると言ってその日に怖気づかれても困る。 「まずは昼休みの間からな。――と言うわけで、これはぼっしゅー」 「!」 ヘッドホンをすっと外すと、永緒は咄嗟に手で耳を覆ってしまった。 「大丈夫だから、手ェ外せよ」  永緒はゆっくりと手を耳から離す。気恥ずかしそうな顔をして目を伏せているが、その端整な顔つきにはどんな表情も似合うんだな、と改めて思った。 (永緒ならできるって。行こう) 「うん……」  二人は階段を下りて教室へと向かったのだが……。 「おい、いつまで俺の後ろに隠れてんだ」 「や、やっぱり緊張する……明日じゃ駄目?」  永緒の方の身長が高いため隠れきれていないのだが、身体を縮ませて祥の後ろに収まろうとしている。  普段そんな姿を見ることはないから、少しだけ愛らしく思ってしまったりして。 (そういやコイツ、人見知りだったの忘れてた) 「忘れてたって、ひどい……」 「ご、ごめん! でも、これはついでに人見知りも克服できるチャンスだ。一石二鳥じゃねーか」 「そういう問題じゃ……って、ちょ、待って、まだ心の準備がっ」  祥はそんな弱気な声に構わず教室のドアを開けた。  昼休みの教室は賑やかで、二人が入ってきたくらいでこちらに視線が集まることはない。 (な、いけるって)  心の中で永緒に話しかける。  そのまま自分たちの席へ向かう途中、祥の友人の一人に声をかけられた。彼とは中学校が同じで、明るく話しやすい奴だから永緒も気兼ねなく喋れるはずだ。 「お、祥と園山本当に仲良くなったよな。ちょっと前までは険悪ムードだったのにー」  まさか毎日怒鳴り散らしていた相手と今や付き合うことになったとは夢にも思われていないだろう、と祥は苦笑を漏らす。  (いいか永緒、意識はちゃんと俺のほうに向けとけよ)  再び心を通じて呼びかけると永緒は小さく頷き、丸めていた背中を伸ばした。 「あれ? 園山が何かいつもと違う……って、ヘッドホン外してんじゃん。ついにやったな祥!」 「フッ、俺の手にかかればこんなもんよ」  声が大きい友人に内心ハラハラしつつ、ふざけたように言ってみせた。すると、彼の言葉で永緒がヘッドホンをしていないことに気が付いたクラスメイト達が、次々とこちらを振り返ってくる。 「うっそ、園山君がヘッドホン外してる」 「始めて見たー」 「外してた方が良いんじゃない?」  あちこちから様々な声が飛んでくる。  まずは一人の相手と話す事から始めようと思っていたのに、これでは逆効果だ。 (ごめん永緒。なんか、いっぱい集まってきちゃった……) 「心配しないで。俺は平気だから」  祥にそう告げた後、永緒は皆のほうに向き直った。そして控えめに、それでも真摯な言葉で言う。 「あ、あの、今まで迷惑かけて済みませんでした。まだ完全に、ヘッドホン外せるようになった訳じゃないんだけど、これから徐々に外していくから、その……よろしく、おねがい……します」  その瞬間、教室の中がしんと静まった。 

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