1 / 15

俺と幼馴染の事情①

 扉を開けると、梅雨の晴れ間の日差しとともに、水と緑の匂いが身体にまとわりついた。  玄関先にある桜の木が、青々とした葉を空に向けている。昨日まで降っていた雨のせいか、つやつやと濡れた葉からしずくがこぼれた。  つい先日までピンクの花を咲かせていたというのに、もう夏の気配を漂わせ始めているようだ。  だがそんな感慨も長くは続かない。いきなり胸元に伸びてきた手が、俺を地上に引きずりおろしたからだ。  うつむいた俺の視線の先には、キラキラと大きな丸い瞳と、薄い月のような、口角の上がった口元。身長差は約20センチ。俺の制服の襟元をひっつかみ、遠慮なく自分の目の高さにしたそいつは、ふにゃりと締まりのない笑顔を浮かべて口を開いた。 「かっちゃん、おはよう! 今日も愛してるよ!!」  まだ声変わり前なんだと思う、高めのボーイソプラノが辺りに響き渡る。耳のそばで力いっぱい叫ばれて、よろけた俺の肩に手を回された。のを、すんでのところで上げた右手で阻止する。ニヤケた顔を手のひらで塞いで押し返してやると、その向こうから、くぐもった鼻声が漏れた。  なぁにが、愛してるだっ!?  それも朝っぱらから大声で。  ついでとばかりに、すねにケリを入れてやると、手のひらを上に向けてすごい形相で固まった。 「ひっ、ひでぇ……ひでぇよ、かっちゃんのイジワルっ!!」  しばらくして正気に戻ったらしい。くすんっと涙ぐむ相手の顔を見下ろすと、俺はそいつの手からひょいとカバンを取り上げ、自分のと重ねると先に立って歩きだした。教科書類は全部学校なのか、それとも持ってくること自体放棄してるのか、薄っぺらぺらだ。  しばらくすると背後から、ブツブツと念仏が聞こえてきた。薄ぺらカバンの持ち主だ。どうやら俺の自慢のアイアンクローがお気に召さなかったらしい。ついでにケリも不満だったらしい。だがいきなり抱きついて来られて張り倒さなかっただけ、マシだと思って欲しい。まぁ、ケリはちっとやりすぎだったかもだけど。誰が朝っぱらから男に抱きつかれたいものかっての。

ともだちにシェアしよう!