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俺と憂鬱と来訪者の事情④
「こちらです」
やがて彼が連れて来た扉の前。家庭科室だ。堀内は人差し指を立てると唇に当て、教室の窓をそっと指差した。
覗き込んだ部屋の中は昼の光が差し込んで、天井のライトがなくとも明るい。その一角で、なにやらごそごそしているのは、予想通り俺の幼馴染だ。
「ちゃんと先生の許可は貰っていますよ。彼は今、お料理研究会に仮入部中だそうです。今日のメニューは、スフレチーズケーキ」
すぐそばで、同じように教室を覗き込んでいる堀内は、俺の視線に肩をすくめて答えてくれた。なにをしているのかと思えば、抱えたボウルの中身を一生懸命混ぜ合わせているらしい。机の上に並んでいるのは小麦粉の袋や卵に牛乳。ポットには砂糖だろうか。
「まったく、らしくないんですよね」
部屋の中へ視線を向けながら、呆れたように言う堀内。
「僕としては、彼が彼であればほかには望まないのですが、最近はなにやっても上の空でさっぱり。まぁ、それも見てて面白いといえば面白いとはいえ、そろそろ潮時かなって」
やれやれとため息をつくさまは、ずいぶんと大人びたように見える。昼休みグラウンドで、かっちゃんのそばにいるときは派手な顔立ちに比べ控えめで、大人しそうに見えたのに。
「ませたやつだとは、よく言われます」
声に出したかと思った。堀内は息を飲んだ俺を面白そうに見た。どうやら見た目通りのやつではないようだ。
「あぁっ、もう!!」
口を開きかけると、教室の方からじれたような声が上がる。かっちゃんだ。
「おい、遠藤。いい加減もういいだろ?」
手にしたボウルを掲げ持ったかっちゃんが、そう、そばにいた生徒に尋ねる。料理研究会の生徒だろうか。二人とも背中を見せているので表情はわからないけど、かっちゃんはずいぶんいらだっているみたいだ。
他に生徒はおらず、顧問らしき先生もいない。火を使うのに危なくないのだろうかと思うけど、隣にいる堀内の含み笑いを見て、彼がなにかやったのだろうかと推察する。
「今日は先生も他の部員も急用が出来たみたいですよ?」
それでもかっちゃんのたっての願いで、部長がかっちゃんの面倒を見ることになった、らしい。
「まっ、まだまだだって。ちゃんと、卵が泡立たないと、膨らまないから」
「だってよぉ、もう十分以上混ぜてんのに」
「泡だて方が、悪い、のかも?」
「んだよ、こうやって力一杯やってるしっ」
「ちっ、力入りすぎ、かも。もう少し、優しく、とか」
「むうぅぅぅ~っ」
がしゃがしゃと、ステンレスのボウルと泡だて器が当たる音がする。確かに力が入りすぎているようで、上手く混ざっていない。おまけにあちこちにしぶきが飛び散っている。
音を立ててかき混ぜているかっちゃんのそばで、おろおろとしている遠藤。逡巡したすえか、控えめに提案を始めた。
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