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俺と憂鬱と来訪者の事情③

 実のところ取っ組み合いのケンカは数え切れないくらいした。それに比べたら、今回のはケンカにすらなっていない。  今まではケンカしても、いつの間にかあいつが話しかけて来て、あっという間に元通りになっていた。今回はその本人が原因なのだ。今まで通りに行くわけはない。  あいつ頼りなんて、なんだかなぁ。 「こんにちは」  そろそろ月も変わりそうな土曜日。久しぶりの晴れ間の見える空を見上げ、そんなことを考えながら帰途につく。帰ったらどうしようかと考えながら。菓子の練習も弟をつきあわせているものの、最近はなんとなく億劫だ。  しばらく菓子作りは止めようかと思いながら校門に向かっていると、後ろから声をかけられた。  にっこりと愛想のよい笑顔を浮かべるそいつは、かっちゃんとよく一緒にいるクラスメイトだ。名前は確か、 「堀内です」  確かそんな名前だったな。いや、名乗った本人に、確かとか、そんな名前はとかないか。 「ちょっと、いいですか?」  俺の内心を気付かないまま、堀内は首を傾けると、今歩いて来た方角を顎で示した。かっちゃんのクラスメイトが話があると言えば、十中八九、かっちゃんについてだろう。俺が頷くと、彼は校舎の方へと足を向けた。  前を行く堀内は、背丈はかっちゃんと同じくらいか。小綺麗な顔は、うちの弟と似た感じで、アイドルっぽい顔立ちをしている。そういや、クラスの女子たちも騒いでいたような気がするな。  ちょうど目に入るつむじの辺りに視線を当てていたら、もの言いたげにちらりとこちらを見上げられた。見ているのに気づいたんだろうか。 「そろそろ梅雨も終わりでしょうかね。夏は夏でまた暑いのは苦手なのですが。あ、暑いのが嫌なわけではないのですが、日に焼けると赤くなるので」  俺が黙り込んでいたから、間が持たないのだろうか。堀内は当たり障りのない話をしながら、上履きに履き替え校舎の奥へと向かう。俺がついて来ていることを疑いもしないのか、振り返ることもなく。  蜘蛛の子を散らすように、生徒たちが去った後の校舎はしんとしていて、先に立って歩く堀内のよもやまな声が、辺りに響いた。どうやら俺の返事は期待していないらしい。 「そういえば、タカは――あ、タカって言うのは、高見沢のことなのですが」  共通の話題が少ないからだろうか。堀内の話は次第にかっちゃんがこうだったとか、こんなことをしでかしたとか、我が幼馴染中心の話に移行していった。俺の知らないかっちゃんの話だ。  元々喋る方ではない俺は、時折「そうだな」とか、「あぁ」とか返しながらその後をついて行く。

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