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俺と憂鬱と来訪者の事情②

 もしかして、と思う。  あいつは俺に相談して欲しかったんだろうか。 「どうするの?」  って聞いて来たんだ。俺が答えを用意していて、あっさり答えるなんて、思ってなかったのかもしれない。  中学までと違って、高校は選択肢が広い。もし一緒の学校に行きたいなら、気になって当然だろう。  だが俺は幼稚園からずっと一緒とはいえ、同じ高校なんてはなから考えてなかった。実のところあいつの学力は中の下くらい。お互いの学力を考えると、偶然同じ学校という可能性もまずないし、どうせ近くに住んでるのだから、会おうと思えばすぐに会える。  いや、わかってる。そう思うのは間違いだって、この一週間で、十分わかった。  たとえ近所に住んでいても、会おうと思わなきゃ、そうそうは会えないんだって。 「どうするの? ってなぁ」  ひとりごちる。  目の下には昼休みのグラウンド。  こないだと同じ、サッカーに興じる生徒たちが見える。  コートの中心で、ひときわ大きな声を張り上げるかっちゃんは、小さな身体いっぱいにグラウンドを駆け回っている。  しばらく見ていると、ぽつりと雨粒が窓の外をよぎって、やがていくつものしずくがグラウンドを覆って行った。  コートを駆け回っていた連中は、慌ててこちらへと向かってくる。  かっちゃんも他の生徒に混じって走り出そうとして、ふとこっちを見た。  きっと気のせいだろう。目が合うなんて。たまたまに決まってる。うん。  しばらく見つめ合った後、彼はふいと目をそらすと、校舎の中へと入って来る。  俺はというと、我ながら情けないんだけど。なんだか笑いたくなるような気持で、ぎゅっと胸を押さえた。 ◇◇◇  それから数日雨が続いて、かっちゃんのクラスをグラウンドで見かけることもなく。  次に見たのは、移動教室で、矢部たちと視聴覚室へ向かう途中だった。  久しぶりに見たかっちゃんは、少し髪が伸びたみたいで、廊下の端で友達と喋っていた。グラウンドでもよく見るクラスメイトは、彼とは特別に仲がいいようだ。  そんなにじっと見ていたつもりはないのだけれど、そいつが俺に気づいたらしい。笑いかけてきた。  特になんの含みもなかったとは思うのだけど、俺はなんとなくムッとして、足早に階段を下りた。追いかけてきた矢部が物言いたげな顔をしていたけれど、なんでもないと首を振る。  もうひとつわかったこと。  俺、自分からかっちゃんに話しかけたこと、ないんだ。  人生の半分以上一緒にいたくせに、俺から声をかけたり遊びに誘ったり、思い出そうとしても、そんなことをした記憶がない。なんてこった。  いつもかっちゃんが迎えに来て、いつもかっちゃんが誘ってくれて、ああだこうだと構いに来て。  いつもぐいぐい俺の手を引く。そんな幼馴染を、俺はなんとなく苦手にしていたけど、別に嫌というわけではなく。  むしろ土曜なんていそいそと、あいつが喜びそうなケーキを焼いたり、牛乳切れてないかと買い出しに出たりと、ずいぶんと気を遣っていた。うん、それは認めよう。いつも美味しいって食べてくれる相手を、気に入らない方が不思議だろ? そうだよ、気に入ってたんだ。  さてここまで来て、この先どうすればいいなんて、すぐに思いつく。わかってるさ、どうすればいいかなんて。簡単なことだ。自分からあいつに話しかければいい。だが俺はこの数週間、その答えをどうにも持て余していた。  だってなぁ、今更挨拶するのもなんだか気後れするし、それを奮い立たせて挨拶して、もしスルーされたらどうしたらいいんだ。正直ちょっと立ち直れないかもしれない。  もしあいつが、なんて。  ずっと一緒にいたのに、俺はあいつがなにを考えてるかなんて、さっぱりわかっていなかったみたいだ。

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