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第1話
しかしながら、あの愛らしく、気を狂わせるような、ほっそりした腕と猫のような体躯を持つ彼に出会えたのは、俺の人生のうちで最も幸運であったといえよう。
彼は路地裏に立っていた。梅雨の合間の、妙に肌寒い日だった。
それでも彼の瞳はらんらんと(まるで猫のように!)輝いていた。そこに魅力的な堕落の炎を宿していたのは言うまでもない。そして俺は喜んでその誘惑に捕まったのだ。
「いくらだい」
値段を尋ねると、彼は銀の鈴を鳴らすような歌声で即座に「100」と答えた。俺はその歌声で決心がついた。
彼の案内で狭い路地裏を抜けていくと、しばらくして薄暗い街角に建っているアパートにたどりついた。彼はベルを鳴らし、その主人らしい女とひとことふたこと会話してこちらに顎をしゃくった。
ほとんど明かりのない、ベッドと小さなチェストだけの簡素な部屋にたどりつくと、彼はすぐに料金を請求した。小さな柔らかい掌をこちらへ向けて。
その手を握ってやりたい誘惑を押しのけながら、俺は「名前は、年は」と事務的に尋ねた。これはいつものことだ。
こういう場合に出る答えは決まっている。「18」と。皆きっぱりとしたさえずりでもの悲しい嘘を紡ぐのだ。しかし彼は違った。
「かなで。16」
出席番号を読み上げる調子で、彼は朗々と言った。その声のまた甘美なことか!そして今まで幾度となく繰り返してきただろうその言葉もまた真実に違いなかった。
短く切りそろえられた髪は光源の下で紫紺にひらめいた。子どもっぽい大きな瞳はきらきらして、頬に柔らかな曲線を残した彼は申し分なく可愛かった。
実際のところ、こう躊躇なく言ってもかまわないのだが、交渉をもった幾人の愛人の中で、彼こそは俺に本物の快楽を与えてくれた唯一の人間だったのである。
かなで。
口付けするような唇で始まって、最後にはそっと優しく引き結ばれる。か。な。で。
この猫のように餌をやれば誰にでも擦り寄る少年を、小鳥のごとく臆病で従順にしたい。それには、鳥かごが必要だった。
行為が終わったのちそのままかなでを引っ張り、フラットに引き込むことに成功した。
ガランとした寂しい部屋は鳥かごにふさわしくない。彼の羽を休め、そのまま退化してしまうほどの居心地のよさが必要だった。すぐさま業者を手配し、見た目に美しい色鮮やかな家具を選ぶことにした。雛菊の模様が縁取られた草色のやわらかなベッド、ぴかぴか光るオーク材のテーブル、ネオンの色とは比べ物にならないほど上品な色を宿すランプ。(かなでにも選ばせようと思ったが、彼は安っぽい黒色のチェアを選んだきりだった)
注文したスピードにあわせるように、次々と家具が運び込まれる。
俺が配置を業者に指示している間、我が小鳥はといえば、以前からあった古びた革張りのソファに寝転がっていた。ぼんやりと天井を見上げたまま口を動かす。そのチェリーレッドの舌の上にはころころ転がる砂糖の宝石が乗っかっている。手にもった缶の中に咲く無数の色あざやかなロリポップ。俺が朝買ってきてやったものだった。
全てが済むと、ようよう身を起こして、
「そこまでしなくてもいいのに」
それだけ言って、缶の中身を確認すると(からから、とわりに軽い音が鳴った)、ソファから降りた。口をまだもごもご動かしている。その様子はひどく子どもじみているくせに、一方では限りなくみだらにうつるのだ。
「お前が気に入るかと思ったんだ。いやなら、別のに変えよう」
俺は近年まれに見る寛大さで言った。かなではそういわれて今気づいたかのようにきょろきょろと大きな目を巡らせていたが、
「いや、いいよ。この部屋は何か好きかも」
かなでは一呼吸おいたやさしい声で言って、新しいテーブルを指でなぞった。
萌えいずる草色のすばらしいベッドは、その日のうちに新床となった。いや、新床、はおかしいだろうか。ここにヴェールを留めるオレンジの花があれば完璧なのだが!
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