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プロローグ

「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりですか?」  カフェの店員がレジの前にやってきた物腰柔らかな雰囲気の青年に話しかける。 「えっと、このクーポン使いたくって……」  金糸の柔らかな髪を持つ彼は、自身の携帯の画面をつついている。が、お目当てのものが見つからないのか「あ、あれ?」と焦りだした。 「おい」  と、彼の肩からヒョイっと奇抜な赤いツンツン髪の青年が顔を出す。彼は、細いツリ目で金髪の青年に睨みつける。 「なにちんたらやってんだよ」 「さっきまであったクーポンのページが……」 「それなら、消えたら大変だからってお前スクショで撮ったろ。ほら、アルバム見てみろよ」  赤髪の青年が彼の携帯を触ると、目当てのものが見つかったのか彼の表情は明るくなった。 「ありがとう。お姉さん、遅くなってすみません。このクーポンでイチゴフラペチーノのレッドとホワイトを」 「……なぁ、くそ甘そうだから俺やっぱり珈琲が」 「えー。折角のタダなのに? それに、一緒に飲むって約束したじゃないか」 「……あー、じゃあ、すんません。追加でエスプレッソクッキー」    赤髪の青年は金髪の彼のうるうるとした目に負けたのか、店員に申し訳なさそうに謝り、エスプレッソクッキー代のお金を出す。  ようやく会計を終え、ドリンクの順番待ち列に並ぶと、「エスプレッソクッキーって苦いの?」「エスプレッソだからにげぇんじゃね? 知らねぇけど」と、楽しげに話し出す彼等。そんな彼等に、店内にいる客や店員は不思議がっていた。  金髪の彼は、まるで童話から出てきた王子様のような、気品ある風貌。制服も、都内で有名なエリート校のものである。  赤髪の彼は、そんな彼とは対照的に奇抜な髪色に鋭い目、第一印象から「何か怒ってる」といった怖く近寄れないヤンキーと呼ぶような風貌。制服は、どこにでもある学ランでどこかなどすぐには判別出来ない。  そんな何もかも真逆な組み合わせに、皆目が離せないでいた。……悪い意味で。 ◇◆◇ 「うーん」 「……どう?」  ズズッとイチゴフラペチーノのホワイトを飲む赤髪の彼。そんな彼の様子を伺う金髪の彼。 「うん、まぁ、飲めなくはないな。あと、なんか、サクサクする」 「良かった。さっき調べてたんだけどね、ホワイトにはモカシロップ入ってるからきっと大丈夫かな、って。サクサクは苺マカロンだよ」 「へー。レッドは?」 「レッドは苺満載なんだ〜」  赤髪の彼がそう聞くと、金髪の彼はレッドをニコニコとそう言いながら思いっきりそれを吸い込む。 「う〜ん!甘〜い」 「ふーん。どれ」 「えっ」  赤髪の彼は、レッドのストローへと口をつけ吸い込む。も、すぐに放して「うわ、苺すげぇ」と買っていたエスプレッソクッキーを頬張る。 「あー、果物だからって舐めてたな。甘いわ。うーん、クッキー苦くて美味いけど、バイト前だからサンドイッチとかにしとけば良かったな……あーでも、コンビニの方が断トツで安いよな……」  と、クッキーとホワイトを交互に飲みながら口直しをし、ブツブツと飲んだことやクッキーを買ったことに後悔していた。 「……」 「……あ?なんだよ。あっ、そうか。お前もホワイト飲むか?さっき、俺飲んじまったし。飲めよ」 「え、あ、い、いや。僕は大丈夫だから」 「そうかぁ?……あ、もしかしてしんどいか?しんどかったら言えよ?お前病弱なんだから、今の時期とかしんどかったりするだろ」  赤髪の彼は金髪の彼を睨みながら、そう優しく彼の顔を覗き込みながら問いかける。 「大丈夫。大丈夫、だから」  金髪の彼はそんな彼から顔を逸らす。そんな彼に「あっそ、ならいいや」と赤髪の彼は最後のクッキーの欠片を口に放りこむ。 「ごちそうさん」 「今日は、ありがとう。一緒に来てくれて」 「別にいいぜ、クーポンの奢りだし。あんま行かねーから新鮮だったわ。でもよー、今度からこんな洒落たもん飲むなら、同じ高校の奴等と飲めよ。俺は合わねぇや」 「う、うん……」 「んじゃ、俺もうバイト行くな。お前はゆっくり飲めよ、伊宮」 「うん。バイト、頑張ってね。日高くん」  赤髪の彼--日高優はそう言い残して走る。  そんな彼に、金髪の彼--伊宮聖司は小さく手を振る。  彼の走る姿が見えなくなると、伊宮は日高が飲むために口を付けたストローを見る。 (これ飲んだら……日高くん、と……)  だんだんと顔が熱くなって来たと感じた彼は、冷たい容器を自分の頬に当てる。 「……僕も気も知らないで。分かってくれないんだなぁ、日高くん……。僕の″王子様″」 ◇◆◇ 「こんちゃーす」  日高は「紅蓮」と描かれた暖簾をくぐり、店の中へと入る。中はラーメンや炒飯など、中華料理の匂いと客の声で騒がしかった。 「おう!日高。なんだ、珍しく洒落た飲みもん持ってんじゃねーか。デートか?」 「ちげーっすよ、大将。からかわないでくださいっす。男友達に誘われたから行っただけっすから」  体格の良い大将は日高をいじるも、彼はそう言い切って店の裏へと入る。 「大将、あれぜってぇ照れ隠しとかだぞ?」 「そうさそうさ。ヤンキーみてぇな見た目だがいい子だかんなぁ日高っち。かんわいい彼女の1人や2人」 「いやいや、彼女2人とか駄目だろうが」  大笑いする声に「うぜぇ」と呟きながら、店の服へと黙々と着替える日高。しかし、ふと彼は手を止める。 「……でもまぁ」 『う〜ん、甘〜い!』 「……可愛い、のはあるか……。って、何言ってんだ俺っ!!あーもー!」  勢いよく頭巾を被り、モヤモヤとした感情を振り切るために「大将!切るもの何が無いっすか!?」と大声で厨房へと駆け込む。 ◇◆◇  これは気持ちを伝えたいのに伝えられない王子様とこの感情が分からないヤンキー君との。 焦れったい恋のお話。

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