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1.「王子様って」

 ほんの少し桜が寂しく散る四月中旬。  多くの人々が、新しい生活にもそろそろ慣れてきた頃。 「おっ、おはようございます、伊宮先輩!」 「……! おはよう、ございます」   伊宮がロッカーで靴を履き替えていると、見知らぬ女子生徒が挨拶をしてきた。彼女は赤らめた顔を伏せながら、胸元の赤ネクタイを弄る。返さないのも失礼だからか、彼は驚きながらも挨拶を返せば女子生徒は顔を真っ赤にしながらどこかへと走っていってしまう。   そんな彼女の行動に、伊宮は深くため息を吐きながらロッカーを閉めて歩き出す。 「おっはよ! 伊宮王子様!」  ある男子生徒が伊宮の肩を強く叩きながら、彼をそんなあだ名で呼んで挨拶をする。そんな彼の出した呼び方に、伊宮はまたため息を吐く。 「……おはよう西園寺君。あと、僕に王子様だなんて付けないでって毎日言ってるでしょ?」 「だって。伊宮は、この学校の王子様だろ?」  伊宮が通うのは、エリートだけが通える清教学院。エリートということは、身なりや身だしなみも平均よりは良い者達、ようするに王子様と呼べる者達も他にいると思われるのだが。 「王子様のように清純な見た目、頭が良くて運動神経も抜群で、それに優しい! 女子の王子様ランキングで一位を取ったんだ。もっと誇りなよ」 「別に嬉しくないよ」  彼自身、その容姿のおかげか幼き頃から『王子様』という呼び名で呼ばれていたため、高校生になっても呼ばれるとなるとウンザリしているのだ。 「なんだとー!お前、そんなん言ったらこの学院の全男子を敵に回すぞ!まぁ、伊宮は皆に愛される可愛いタイプだから許されるんだけど」  西園寺はそう言いながら彼の頭をわしゃわしゃと撫で回す。そんな彼の行動に驚き、「もうやめてよ〜」と照れながら彼の手を自身の頭から退かせる。西園寺は「悪い悪い」と笑いながら左方向へと歩き出す。 「じゃあ、またな」 「うん、またね」  西園寺とクラスは違うため、それぞれの教室へと別れた。伊宮は西園寺と別れてから、ふと廊下に置かれたカレンダーに目を留める。  今日は四月十九日の金曜日。伊宮は心の中でガッツポーズを取った。 (今日は念願の『山田くんは好きと伝えたい』の三巻発売日だ! 京さんにもお金貰ったし、楽しみだなぁ)  伊宮は実は自身が『王子様』と呼ばれてから、『王子様像』とは何かと考える事が多々あった。それを知る近道が『少女漫画』。偶然にも伊宮家のお手伝いさんが多くの少女漫画を持っていたため『王子様』の出てくる作品を読ませてもらったものの、彼の中で、その『王子様』に納得出来なかった。もちろん、それらは人の自由なのだろうが「これは自分じゃない」と思ったのだ。  少女漫画に出てくるような王子様は、皆勇気があって勇敢で自分の感情に素直で、自信がいつもあるように伊宮は思えた。 それなのに自分は、好きな子に連絡さえも数回しか出来ないヘタレであると自身の弱さに気が重くなる。 「スタボに行ったのが十二日。うぅ、一週間も経っちゃったんだなぁ」  死ぬ思いで交換した連絡先だというのに、いつも恥ずかしくて話はすぐにスタンプで返して終わりとなってしまう。伊宮自身もっと他愛もない話をしてみたいのだが、なかなか勇気を出して会話を始められないでいる。スタボに誘えただけでもよく頑張ったよねと自分を鼓舞しながら、教室へと入り自分の席へと座った。  伊宮の席は窓際で、散りゆく桜がよく見えた。そんな散りゆく桜と共に思い浮かぶ彼の顔。 「日高君」  ぼそりと、自分の『王子様』の名を呼ぶ。  見た目は怖いけれど、彼にとってはかっこよくて、自分の感情に素直で。  とても、優しくて。 「毎朝おはようって言いたいなぁ」  叶わぬ願いに、伊宮は机に突っ伏すのであった。 ◇◆◇  そして放課後。 「……え?」  伊宮の携帯には、あるメッセージが送られていた。  それは朝方考えていた彼、日高からのものであった。 『伊宮。お前、明日会えないか?』

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