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2.「悪かった」

 土曜日の午後。 「……」   伊宮は学校終わりに、若者の街である渋谷駅の前でソワソワとしていた。指を絡めたり、何度も何度も携帯のトーク画面に書かれた文字を眺めている。その画面には彼の王子様、日高とのものであった。   内容は、日高のいとこである女の子へ誕生日プレゼントを買いたいから付き合って欲しい、というものだ。伊宮は理由はどうあれ日高と休日会える事が出来て嬉しいという感情を抑えられず、ずっとニコニコと頬を緩ませている。  しかし、彼の幸せな時間は突然終わる。 「わっ!」 「いってぇなぁ!」  伊宮の身体に強い衝撃が与えられる。その衝撃に涙をこらえながら野太い声の方を振り向けば、そこには伊宮の小柄な体格の数倍も大柄な輩達がいた。そのうちの一番大柄な者が、肩を押さえて伊宮を睨んでいるのだ。 「おうおう、そんなとこ突っ立ってんじゃねぇよ! いてぇじゃねぇか!」 「えっ。あの、えっと……」   伊宮自身ちゃんと歩く人のことを考えて隅の方に居たため、悪いのはわざとぶつかってきたであろう輩達なのだが。そんなこと、伊宮がちゃんと話せるわけもなく瞳に涙を溜めながら口をパクパクと動かすことしかできなかった。  そんな伊宮に大柄男は「なんとか言えよ」と強い口調で怒鳴る。そんな彼の背後に居たものが「あっ、コイツの制服」と言葉を零す。 「あぁ? 制服がなんだよ」 「兄貴! コイツ、エリートしか通えない制服着てんだよ。だから……」   と、彼らはその話を聞いてニヤリと口元を歪ませた。   伊宮はこの時深く後悔した。いくら早く日高に会いたいからとはいえ、制服だけは着替えればよかったと。 「なんならお小遣いたらふく持ってんだろうからよ〜。俺達に分けてーー」  彼が怯える伊宮に手を伸ばした瞬間。 「っ!?」  大柄男が吹っ飛んだ。 「兄貴ーーーーーー!!!!!」 「……!」  伊宮の目に映ったのは、大柄男が飛ぶ姿と背後に居た彼らが叫ぶ姿と。  ロックな黒いジャケットに身を包んだ、赤髪の彼の姿であった。 「日高君!」 「伊宮! 走るぞ!」 「うえっ!?」   伊宮は日高に手を強く握られると、そのまま彼と共に全速力で人の多い道を駆け抜けていった。 ◇◆◇  発端の場所からかなり離れた、薄暗い路地裏へと駆け込んだ二人。伊宮と日高は乱れる息を肩を大きく動かしながら整えていく。  ようやく息が元通りに出来るようになった日高が「大丈夫か?」とまだ息を荒げている伊宮の背中をさすりながら声をかける。日高はゆっくりと深呼吸しながら彼に「な、なんとか。大丈夫だよ」と弱々しく笑いかける。  伊宮を見て、日高は安堵の溜息を零して「悪かった」と眉を下げながら伊宮に謝った。 そんな日高に、彼は困惑する。 「えっ!? な、なんで謝るの?」 「だってよ。折角来てくれたってのに、嫌な思いさせちまったじゃねーか」 「そっ、そんなことないよっ!!」  日高は顔に似合わず、そんなマイナスな考えを口から出した。それに対し、伊宮は身体全体を使って反論をする。 「早く会いたくて、僕が目立つ制服のまま着ちゃったのもあるし……。日高君は悪くないよ、僕の事、助けてくれたもの」  最初の言葉だけはゴニョッと小声で話し始める伊宮。 「それに、さっきの日高君、漫画みたいでカッコよかったよ! だから……ね、日高君」 「……」 「助けてくれて、ありがとう」  伊宮はへにゃとした笑みを浮かべながら日高に感謝の言葉を伝えた。そんな彼を見て、日高は「……。おう。そりゃ、助けるのは当然だろ」と、彼の目から逸らして言った。  頭をボリボリと掻きながら、日高は光が指す道路の方へと身体をむける。 「じゃ、じゃあ。行くか」 「うん! 買う場所はもう決めてるの?」 「一応、この場所なんだけどよー」 「どれどれ?」  そうして、二人は路地裏から出て目的地へと仲良く歩いていった。  初めにアクシデントはあったものの。  休日デートの、始まりである。

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