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3.「あの、ね」
「うわぁ!」
伊宮は渋谷一のショッピングセンターを前にして、感動の声を漏らす。
ショッピングセンターは若者の町一の大きさを誇る場所であり、だからこその輝かしさを出している。
そんな彼に日高が「初めてか、渋谷は」と声をかける。
「ここに来るまでも、すげぇ目キラキラさせながら色んな店見てたよな」
「えっ、あぁ、うん! あんまりここには来ないから珍しく感じて……」
「ふーん。いつもどこで買い物するんだ?」
「銀座」
「だろうな」
日高は伊宮の解答に「そういやコイツ坊ちゃんだったわ」と思い出している間、伊宮は気づかれぬようにジッと日高の全身を見ていた。
上は黒のジャケットに中は英語ロゴの入ったTシャツ。下はダメージジーンズとなんとも彼らしい私服姿だ。
(やっぱり、日高君の私服姿カッコイイなぁ)
伊宮は休日に私服姿の彼と会えた事にドキドキしていたため、渋谷の店よりも日高にそのキラキラな目線を向かせていたのだが、どうやら本人はそこには気づいていなかったようで。
存分に彼の姿を目に焼き付けた伊宮は、「そういえば」とショッピングセンターの案内板を睨んでいた日高に声をかけた。
「今日はどうして僕を誘ってくれたの?」
「あ? あー。いや、初めは俺のダチに頼んでたんだけどよ」
日高の言葉に「自分が最初じゃなかった」と、ほんの少しだけショックを受けた伊宮。
「女の趣味よく分かってる奴でさ。けどソイツと時間合わなくて。まぁ、俺も明日が誕生日会するっての忘れてたのも悪ぃんだけどさ」
「それで、急遽僕を?」
「俺には女の好みなんてサッパリだからよ。伊宮なら、女にモテてそうだからそういうの分かってそうだなって」
「ええっ!?」
「えっ?」
日高からの「モテてそう」という言葉に伊宮が驚くと、それを言った彼自身も伊宮の驚きに対し肩をビクリとさせた。
「いやそんな驚かなくてもいいだろ」
「まぁ、それはそうなんだけど……」
伊宮が苦笑いを見せる。そんな彼を見て日高は「で?」と話を続けようとさせた。
「モテてんの? モテてねぇの?」
「それ重要かな」
「話のネタだよ、話の」
「うぇ……。うん、モテてるの、かな? 多分」
「多分って曖昧だな。まぁ、伊宮は顔が綺麗だからそうだろうなとは思ってた」
「……っ!?」
「よし、やっと見つけた。店多すぎなんだよ。見つけるだけで一苦労だ。伊宮、九階だ。行くぞ」
日高はようやくお目当ての店を見つけたため、伊宮にそう声をかけてそそくさとエスカレーターの方へと向かう。
しかし、伊宮はまだ動けずにいた。それは日高に突然言われた言葉。
『顔が綺麗だから』
「……うぅ、あんな風にすんなり言われたら困るっ!」
伊宮はだんだんと火照る顔に両手を抑える。彼にとって、学校の生徒達に言われても特に何も思わないであろうその言葉は。好意を持つ相手に言われれば、また感じ方が違う。相手が無意識での発言でしかないのなら、少し寂しいだけだが。
「伊宮!」
「わっ!」
「なに、つったんてっんだよ。人多いんだから、あんま離れんなよ」
「う、うん」
伊宮は流石に、「貴方の言葉で放心状態でした」とも言えず。お返しに「日高君もカッコイイ」と言えなかった。
◇◆◇
「いらっしゃいませ〜」
二人がやってきたのは、女性に人気の化粧品、主にバス用品専門店であった。
化粧品やお風呂に入れるバスボムやクレンジングに使うものなど用途は様々で、それらは形や大きさ、色までも虹色であったりと多種多様なものばかりが揃えられており、商品はかなり奇抜なのだが、それから発せられる香りは優しく、店の中も落ち着いた雰囲気がある、
そんな光景に、日高は眉をひそめる。
「あー。予想はしてたが、すげー場違い感が。伊宮、俺の代わりに選んできてくれ。金ならある」
「そんな事ないって、日高君。プレゼントなんだから、ちゃんと自分で選ぼ? ほらほら」
「おいっ、押すなって」
日高は自分より小さい伊宮に背中を押されながら、店の中へと足を踏み入れていく。そんな二人に、女性店員が近寄る。
「いらっしゃいませ。今日はどんなものをお探しですか?」
「従姉妹への、プレゼントっす」
「従姉妹の方ですね。いくつぐらいの方ですか? 香りの好みなどは分かりますか?」
「歳は中学に入ったばっかの奴で。好み……はよく分かんねぇす」
「ねぇ、日高君。その子、オシャレとかはどうなの?」
少し悩んでいる様子に、今度は伊宮が日高に質問をする。
「ええ? あー、そういや最近は可愛い感じの服を買ってもらってはしゃいでたな。あとは化粧も興味持ち出したって」
「性格は?」
「生意気」
「それは日高君の感情入ってるよね……」
「まぁな。あとは、自分は世界一可愛いなんて言うぐらいの自分大好き人間だ」
「なるほど? お姉さん。何か参考になるものありましたか?」
伊宮の問いかけに店員さんは「はい! そういう女の子なら、オススメがあります!」と目をキラキラさせながらピンクの玉を取り出した。それには小さなハートが散りばめられている。
「このバスボム【キューティーハニー】がオススメです」
「「キューティーハニー」」
「はい。その従姉妹様の性格にピッタリな甘い香りですので、最高のお風呂タイムを味わえるかと。そして、プレゼントとの事なので同じ香りのする香水を--」
◇◆◇
「ありがとうございました〜!」
「いいのが見つかって良かったね」
「あぁ!」
日高は買った袋を上に掲げながら苦笑する。
「それにしても、女ってこういうのもこだわるんだな」
「女性にとって、お風呂は一番安らぐ場所なんだって。だから香りとかも重視するんだよ。気分によって変えたりね」
「へぇーよく知ってるな」
「お手伝いさんがね。ちゃんと身なりに気を使ってるからか、良くいい匂いがするんだ。それで教えてもらったの。さっき買ったのも、お手伝いさんが使ってる香りのと一緒でね。女性には人気なんだ」
「……すげぇな、伊宮。やっぱお前連れてきて正解だったわ。急だったのに、ありがとよ。飯まだだろ? 何か奢らせろよ」
「そんな全然、お礼だなんていいよ! だって今日は……」
「?」
言葉を詰まらせ、目線を右往左往させる伊宮。そんな彼を日高は首を傾げながらジッと見ている。そんな彼の視線に気付いた伊宮は、肩を大きく跳ね上がらせ、またおどおどし始める。
そんな彼に痺れを切らした日高は、頭をガシガシと掻き、深く「はぁ〜〜〜」と溜息を吐く。
「なんだよ。言いたいことあんなら、さっさと! ハッキリ喋れ!」
「ひゃい!」
日高に低い声で睨まれた伊宮は、変な声を上げる。しかし、意を決して伊宮はゆっくりと口を開いていく。
「あの、ね」
「おう」
「僕、また日高君と遊びたいと思ってて。だから、こうやって誘ってもらえて本当に嬉しかったんだ」
「……」
「だから、もう僕はお礼を貰ってるんだよ。カッコイイ日高君も見れたし……」
伊宮は顔をほんのり赤らめながら、指をモジモジとさせる。
「だから、今日はありがとう。誘ってくれて。すごく楽しかった!」
けれど、これだけはちゃんと彼の目を見て、笑顔を浮かべて言い切った。
そんな彼の言葉に、日高は数秒間固まっていたが、わしゃわしゃと伊宮の柔らかな金髪を撫でた。
「わ、わ」
「そりゃよかった」
日高は「フッ」とほんの少しだけ口角を上げて、伊宮に微笑んだ。そんな彼の表情に、伊宮はギュッと胸が締め付けられるような感覚になるのであった。
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