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1播種

 花が──咲いたんだ。  見る()に動画の早送りみたいに蕾が開いて。  その花は自身で花弁を震わせて、淡い桃色の花粉が舞った──気がした。  驚いて、その部屋の(あるじ)で寮長の、橘友也(たちばなともや)を振り返り  再度、目を戻した時には、鉢植えは蕾のまま何事もなかったように佇んでいた。 「フミ?どうかした?」  いま起きた説明もつかない事を言うわけにもいかず、そのまま俺は遊びに来ていた友くんの部屋を後にした。  自分でも錯覚だと思った。そんなこと有るはずがない。  不思議な気持ちになりはしたが、そこまで拘ることでもない、そう思った。  こんな事を咄嗟に思い出したのは関係があるんだろうか。  今現在、自分の身体に起きている異常な事態と。 「──それね、カラ・ダチュラソウ。今ついてるのは呪いのつぼみ」  友くんの声が蘇る。 「花が咲いた時に見ていた人を呪うんだって」  オカルトめいた話題にしては朗らかに友くんは笑っていた。  はなから信じている様子はない。 「なんでそんなブッソウなものを……。誰か呪いたい相手でも居るの?」 「まさか。でも花言葉にしても言い伝えしても面白いなと思って」  そんな、会話をした。  あのあと寮の自分の部屋に戻って急激に眠気が襲ってきた俺は、こらえ切れずにベッドに横になった。  それで目が覚めたら──こうなっていた。  ガチャっと部屋のドアの開く音がした。 「ただいまー。おー史暁(ふみあき)、起きた?」  同室の古林英太(こばやしえいた)が入ってきた。手に持っている荷物を見る限り風呂帰りのようだ。 「すげー寝てたな。もう食堂閉まっちゃったぞ。一応起こしたけど、ピクリともしなかったよお前」 「……そんな?」  異常を感じてから初めて出す。──声までおかしくなっている。 「どうしたその声。風邪か?熱は?」  ベッドに座る俺に近付き、英太が額に手を伸ばす。  ハッとして身を強張らせるが、変に避ければおかしいと思われる。  部屋着として着ている長袖のジャージ上下がワンサイズ上で助かった。 「熱は……ねえな。平気かよ」 「うん──なんともないよ。ありがと英太」  嘘だ。大ありだ。天変地異や大異変なみの異常事態が起きている。  耳に聞こえる声はいつもの自分のものよりオクターブ高い。  俺にだって何が何だか分からない。  英太も怪しむように俺を見つめている。 「なんかお前……なんだろ……なんか、違くない……?俺の目がおかしいのかな、女みたいに……見えるんだけど」  ──見えちゃうんだ。  肌が露出してなくても、分かっちゃうんだ……。  最悪の事態みたいだ。  まだ俺も見たわけじゃない。  起きたばかりでそれどころじゃなかったから。  だけど自分の身体がどうなっているのかは分かる。  俺は、芳野史暁(よしのふみあき)は、間違いなく男性だったはずなのに  身体が女性に成り代わってしまっている──。  どうしよう。どうしよう。どうしよう。  英太は同級生で友達だ。打ち明けても良いかもしれない。  だけど俺の頭がおかしくなった可能性だってある。  そう簡単に言っていいものなのか。 「──史暁、あのさ。分かってんだけど。お前は男だよな。うん、馬鹿なこと言ってるよな。でも──ちょっと、あの、身体……見せてくんね?なんか俺自信なくなっちゃってさー。おまえ元から女顔だし。あはは、溜まってんのかも────男の肌見たら冷静になると思うからさ。な?ちょっとだけいいだろ」  やけに胸の辺りを凝視しながら、言い訳のように言葉を重ねる英太の声は、男だろと言いながらも興奮でうわずっているように聞こえる。  嫌だ──。  絶対、ダメだ──。  こんな状態の英太にバレるわけにはいかない。  身の危険が迫っているのを感じた。 「冗談だろ!?キモいこと言うんじゃねえよボケ。俺、やっぱ体調悪ぃから薬もらってくるわ。アタマ冷やしとけよ」  あえて普段使わない乱暴な言葉づかいで、英太をすり抜けるようにして立ち上がる。  もう一刻も早くこの場を去らなければならなかった。 「お、おお。だよ、な……ワリぃ……」  きつく拒絶したせいか、英太はしょげてしまった。  自分でも変な事を言ってるのが分かってるんだから余計堪えるだろう。  英太の感性に、実際のところ誤りはないので気の毒な気もするが、血気盛んな男子高生にみすみす正体を明かすのは犯されたいのと同じだ。  俺はこれ以上英太を刺激しないよう無言で部屋を出る。  ただし出たところで状況は変わらない。  もちろん色々確認したいが、高校生の男子寮なんて飢えた狼たちの溜まり場みたいなもんだ。  迂闊な行動は身を滅ぼす。  頼れる相手は一人しか思い浮かばなかった。  俺の2つ上、最上級生で幼なじみの寮長。橘友也(たちばなともや)だ。  すぐさま大人に相談する気にはなれなかった。  最終的にそうなったとしても問題は今だ。自分の状況すら把握できてない。  確かめるためにも、とにかくどこかに安全地帯が欲しかった。  友くんなら寮長特権で一人部屋だし、子供の頃から知っている俺に変な気は起こさないという絶対の安心感もある。  友くんに(かくま)ってもらおう──俺は階段を登って寮長室へ向かった。  ノックをすると中で「はーい」と声がする。少し待つとドアが開けられる。 「フミ?こんな時間にどうしたの。もうすぐ消灯だよ」  俺は声を出さずに室内を指さして入れてと伝える。  首を傾げながらも友くんは部屋に招き入れてくれた。  ドアに鍵が掛けられたのを確認して口を開く。 「友くんどうしよう俺女の子になっちゃった」 「──?」  なんの説明もない錯乱状態の訴えに、友くんは困った表情になった。  意味が分からないのも仕方がない。  俺だって頭がおかしいと思う。  だが、友くんはハッと思いついたように俺を見る。 「フミ──声が……」 「声も、身体も、変わっちゃったんだよ」  女性にしてはハスキーだが、男性というには無理がある。  居なくもないだろうが、元々こうではないし、男性特有の引っ掛かるような音が消えている。  多分喉仏が無くなったせい……なんだと思う。 「本当なの?どうして……?」 「分かんない。さっき友くんの部屋から帰って、寝て起きたらこうなってた」  うろたえる俺をベッドに座らせて、友くんは俺の正面に腰を下ろした。  友くんが落ち着いてるのを良いことに、俺は自分の窮地を晒してすがる。 「どうしよう……友くん。俺、どうしたらいいんだろう……」 「待って。本当に?確かに声は変だけど喉の病気とかじゃないの?身体が一体どう、なったの?」  俺はジャージを引っ張り、身体に張り付けてみせる。  そこに男にはない胸の膨らみが現れて、友くんの目が大きく見開かれた。 「みかん入れてるんじゃ……ないよね」  ……みかん。  俺が友くんを担ごうと、せっせと胸にみかんを詰めているシーンを想像して少し笑えてくる。  のんきなようにも思える言葉に、俺はなんだか救われた。  突然、意味不明なことを言い出されても冷静な友くんらしい。  やっぱり友くんに相談して良かった。  ──だけどこれが本当にみかんだったら、どんなにいいか。 「フミ、ちょっとごめんね」 「え……」  友くんの身体が俺を包み込んだ──。

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