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2発芽

 ──力、強い。大きい……男の身体だ──。  言葉というより感覚でそう思った。  何故そう感じたかは相対的な理由だろう。  ……それほど俺が華奢で頼りなくなっているからだ。  上腕も、胸部も、大腿も、筋肉の張りも固さも違う。  試しに胸を押し返そうとしてみて力の弱さに呆気にとられる。  ──友くんもそれが分かったらしい。 「柔らかくて細くて丸い。女の子の──身体みたいだね」 「だからそうなんだよ……どうしてこんなことになったか、分かんないけど」 「見ても……いいかな」  さっきの英太とは違い、友くんの声は俺を気遣っている。明らかに下衆な意図じゃない。  俺も一人で身体を見るのは怖かった。  見て、とは流石に言い出せなかったから、一緒に確かめて貰えるならその方が良かった。  ジャージのファスナーに手を掛けて、指が震えているのに気が付いた。  自分がどうなっているのか見てしまうのが怖い。  その気持ちが思った以上に緊張に繋がっていた。震えが止まらない。 「──俺が、しようか?」  そんな俺を見ていられなくなったんだろう。遠慮がちに友くんが言う。 「お願い……」  友くんは頷いた。  俺の前で膝立ちしてファスナーに手を伸ばす。  肩に乗せられた手のひらが暖かく、心配するなと言ってるようだった。  容易く前を開かれたジャージの下には、まだTシャツを身につけている。  それでも丸みを帯びた2つの膨らみは隠しようもなく見て取れた。 「みかん……」 「違うって。入れるならスイカにする」  緊張を解すために言ってくれたのが分かったので、俺も出来るだけ軽く答える。  だけど失敗だったかもしれない。声も震えてしまった。 「フミ……かわいいね……」  それも気を紛らわせようとして、かもしれないが、少し無神経だと思ってしまう。  だけど異常なこの事態を、気持ち悪いと思わない、と受け取ることもできた。  ──気持ち悪いって言われても、不思議じゃないもんな。  それは一番言われたくない。  好きでこんな身体になったんじゃない。だけど俺にとっては──現実だから。  正反対のかわいいという言葉は喜んだっていいのかもしれない。  確認作業はまだまだこれで終わりじゃなかった。  服の上からじゃ何も判ったことにならない。  乳房が膨らみペニスが無くなってるってことを、曖昧な体感で知っているだけだ。  ひょっとしたら皮膚が緑色になってるってことも、あるかもしれない。 「うう……怖い……エイリアンみたいになってたらどうしよう……」  弱音をこぼすと、友くんが穏やかな目で俺を見た。 「俺を頼って来てくれたんだよね。心配しないで。どうなっててもフミ一人にしないから」  正常と異常──ギリギリの狭間で、友くんだけが絶対の安心感を与えてくれる。 「じゃあ、Tシャツも脱がせていい?」 「うん」  友くんの手がゆっくりと裾からシャツを捲っていく。 「──腰がくびれて曲線になってるね」  胸の上まで持ち上げて手が止まる。 「ここ、本当におっぱいだね──乳首もピンク色でぷっくり大きくてかわいい。食べちゃいたく、なる」  ──え?  どう答えたら良いのか分からない。  女の子の身体を見た時の率直な感想としては正しいのかもしれないけど、本来男の自分に向けられていると思うと複雑すぎる。  友くんは真剣に状況を把握しようとして、俺の身体を客観的に解説してくれてるんだ。  恥ずかしいと感じるのは……多分間違ってる。  言葉を継げずにいると、そのまま腕を抜かれTシャツを脱がされた。 「肩のライン、丸くて華奢だね」  言われて撫でてみると確かに角張ってない。  見下ろした上半身は見慣れない光景だった。  腕に押しつぶされる柔らかい感触が自分のものとは思えない。 「これ……俺……?」  こんなのを一人で見てたら発狂してただろう。  今だって既に正気かどうか疑わしい。 「そういえば、アゴの線も丸くて柔らかくなってる。ひげは元々薄かったけど完全に無くなってるね。毛穴自体あるように見えないよ」  手のひらで辿りながら俺の顔を触っていく。  友くんの手首ってこんなに太かったんだ。  指も、ゴツゴツしてるな……。  俺もそんなんだったっけ?  そんな風に少し意識が逸れていたところ、クイと無造作に顎を持ち上げられた。  友くんは俺の喉元を見ている──顔が近い。    誰かとぶつかったみたいに、心臓が一回ドンと跳ねた。  俺いま、友くんのこと男らしいって思った──。  異性を意識した時……女の子をかわいいって思うみたいに──。  俺は男の記憶をはっきり持ってる。身体がどうであれ、俺と友くんは同性なのに。 「首も滑らかになってて……どうかした?」 「──う、ううん。なんでも」  友くんの表情は優しい。こんな状況とは思えないくらい。  何を思っているんだろう。  少しも動揺しているように見えない……。俺を落ち着かせるために? 「ねえフミ、寒くない?大丈夫?」  裸の両肩を友くんが撫でる。  いままで全く気にならなかった。  11月も下旬で室内に暖房も入っているし、異常事態の興奮で寒さを感じなくなっている。 「平気。ありがとう」 「ならこのまま、下も脱ぐ?」  下半身──それは流石に迷う。  下着越しならまだしも。そんなの男のままでも恥ずかしい。  だけど、真に確かめたいのはその下だ。  ……確認しない訳にはいかないんだ。 「──うん」 「ジャージとパンツ、同時がいい?別々がいい?」  少し考えて、脱がせ方を訊かれたと理解した。  親切から出る言葉だと分かっている。  分かってはいるが丁寧すぎたり実況されたりで、羞恥プレイみたいに思えてくる。 「……一緒でいい」  そんな時間は早く終わるに越したことはない。 「もしかしてフミ、恥ずかしいの?」  こんな時に何を恥ずかしがっているのかと思われてしまっただろうか。 「そ、そんな、こと、ない──よ」 「無理してない?コレ脱いだら丸裸だよ」 「へ、平気」 「そう?おっぱい出してて、これから下半身まで覗かれちゃうのに?恥ずかしいかと、思ったんだけどな」  友くん、なんか気の遣い方が間違ってないか。  揶揄われてるとは、思えないけど……。 「あの、まさか……楽しんでない、よね」 「あはは。……どうかな」  穏やかに笑みを浮かべたまま友くんはジャージに手をかける。 「じゃあ、フミの恥ずかしい所、俺に見せてね」  なんでそんな言い方……? 「ちょっと、待って──や──」  だが制止の甲斐もなく、まとめてツルリと剥かれてしまう。 「や、やだよっ……見ないで……」 「──すごいね。どう見ても間違いなく女の子だ──」  友くんの声は相変わらず平淡で冷静だ。  だけど脚を割り開く両手の力は簡単には閉じられないほどに強く、まだ俺自身も見ていない股間を眺められている。  平然としているから力を入れてるという感覚もないのかもしれない。俺が弱くなっただけだ。  閉じたいのに閉じることも出来ず、視線が──突き刺さる。 「うん。確かにフミの身体は全部、すごくかわいい女の子になってるよ」  まるで悪いことなんて一つも起きていないみたいな言い方だ。  ──女の子になってたら、ダメなんだよ。俺っ、俺は、男だよ!  だけどもう何が本当か分からない。だって身体は女なんだし。  それなら男っていうのは俺が言い張ってるだけ、なのと変わらない。 「酷いよ友くん。なんでそんなこと言うんだよ……もう、やだ……どうしたらいいか分かんないのに、不安に、しないでよ……」  完全に八つ当たりだった。  状況が状況とはいえ、俺はこんなにも弱々しく情けない。  後から後から涙が溢れて全部嫌になる。  どうせならグレゴール・ザムザみたいに毒虫に変身してれば良かった。  今の俺は外見を盾に友くんに甘えて、不安を肩代わりしてもらおうとしているだけだ。  虫ならきっと、こんな甘ったれた気持ちにならなかった。  その前に潰されて終わりだっただろうに。 「困ったな、泣かないで。このうえフミに泣かれたら俺──我慢できなくなっちゃうよ」 「……が、まん──?」 「そうだよ。全裸の女の子が目の前で脚広げてるんだよ。男なら何も感じないはずないでしょ」  もっともな問題なのかもしれない。だけど俺とは全然違う観点だった。 「でも俺、男なんだよ」  そんな当たり前のことを力説しなければならない、しかも今では妥当な主張ですらないことに気力も奪われる。 「だけど身体は女だよね。それに俺、男の身体でもフミがこんなふうにしてたら、同じこと感じると思うな」 「それって……どう、いう……え?」 「どういう意味だと思う?」  あれ──?気のせいなのかな。  友くんの俺を見る目がやけに色っぽい。  英太のように分かりやすくないだけで友くんも同じ、とか──?  男の感覚として知ってる、その意味を理解すると同時に……腹の奥でゾクっと甘いとしか言えない痺れが起こった。  うそだ、何だよこれ──。

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