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第1話 月曜日
蒸し暑いくせに肌寒い、そんな梅雨の夕暮れだった。
蒸し風呂みたいな校舎から、渡り廊下に出る。雨ざらしのそこには、時折風で煽られた雨粒が吹き込み、足元の簀子は濃い色に湿っていた。胸のあたりまでの低い壁があるとはいえ、こうも風が強いと、一瞬にしてシャツは濡れてしまう。この間クローゼットから引っ張りだしたばかりの、制服の半袖シャツだ。
月曜日からこんな気分か。そう気落ちしながらも僕は、少し長い渡り廊下をただひたすらに歩いていく。
理科室は、第二校舎の2階にある。そのせいで僕は、理科の時間や放課後の部活動の時間、この渡り廊下を使って第二校舎に向かわなくてはならない。こんな雨の日は特に面倒だ。鞄を抱えて歩いたって、どこからか入り込んだ水で、教科書やノートが濡れてしまうのだから。
ああ、鞄を大きなビニール袋にでも入れればよかったのか。でも、そんな不格好な……なんてことを考えていたときだった。目の前――いや、正しくは足の前に、棒のようなものが差し出される。思わず躓きそうになり、うわ、と声に出してしまった。
「危ないな」
視界に入る人影にそう言い捨て、僕はすぐに後悔した。
「てめえが突っ込んできたんだろ」
睨み返してくる相手は、麻野雄太郎だ。麻野は所謂不良というやつで、隣のクラスに在籍している。もちろん、今まで話す機会などなかった。
先ほど足元に張り出してきたのは、竹箒だった。それも、先がだいぶ痛んで何も掃けそうにない。
「居残り掃除?」
正直、こんなやつと話すのは嫌だ。しかし、普段は顔も見合わせない人間との、何とも言い難い空気が流れていたせいか、思わず言葉が口を衝いて出ていた。
「掃除してちゃ悪いかよ」
不良のイメージ通りの、鋭い眼光。内心恐怖を感じながらも、僕は答えた。
「別に」
自分でも驚くほど、冷たい声だった。
初めての会話は、こんな感じだったと思う。
ただ、あの目が怖いなと思った。それだけは、強烈に記憶している。
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