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第6話
コタロウの記憶がなくなって最初の梅雨。
今年の梅雨は長雨になると、天気予報で言っていた。
正直雨は昔から苦手だった。
濡れるし、寒いし、汚れるし。
(今年は最悪だな…)
泥撥ねしないように足元に注意しながら歩いていると、アパートの前にずぶ濡れになっている男がいた。
(朝から雨降ってたのに、傘差してないとか気持ち悪いな…)
下を向いて通り過ぎようとした時だった。
「ご主人っ!」
聞いたことのない低音ボイスだけど、何故か懐かしさを感じる。
顔を上げると覚えのある顔。
記憶が次々に蘇ってきた。
「…コタロウ」
「いきなり来てごめんな――」
傘を放り投げて、全てを言い終わる前にコタロウを抱きしめていた。
濡れるとかどうでもよかった。
ただここにコタロウがいる。
それが重要だった。
「どうしてここにいるんだ?」
「あの人、薬物に溺れて死にました」
コタロウは至極あっさりと言った。
「あの人、昔から薬物に手を染めてて、自分を連れ帰ったのも、金のためなんです。獣人を犯すことが好きな変態相手に体を売らされてたんです。逃げられないようにベッドに鎖で縛りつけられて、簡単に逃げられず、今まで時間がかかってしまいました。遅くなってごめんなさい。ご主人が生きててくれて嬉しかったです」
「もし、俺があの時死んでたらどうしたんだよ?」
「それでも待ってました」
「………お前がいなくなってどれだけ俺が苦労したか知らないだろう」
「ごめんなさい」
「入院中に不眠になって、錯乱状態になって、両手両足拘束されて…。退院しても、精神的におかしくなって、未だに病院通ってるんだぜ?笑えるだろ?」
「ごめんなさい」
「戻ってきてくれてよかった」
ここにコタロウがいる。
それを確かめるように力いっぱい抱きしめた。
「ご主人、とりあえず家に入りましょう?風邪を引きます」
「…ん、あぁ」
すっかりずぶ濡れになってしまった。
家に入るなり、早々に風呂を沸かして二人で入った。
さすがに大の男は二人で入るには小さすぎる。
しかし、コタロウは相変わらず風呂が苦手で、シャワーを浴びてすぐ出ようとしたの浴槽に入れるのには苦労した。
二人で十分温まってリビングで一息つく。
「ご主人、お願いがあります」
「何だ?」
珍しく真面目な顔のコタロウ。
「契約をしてください」
この場合の『契約』が何を意味するのか分からない程馬鹿じゃない。
「いいのか?」
「はい」
「俺に縛られることになるんだぞ?」
「はい」
「契約したら解除なんてできないんだぞ?」
「はい」
「後悔しても取り消せないんだぞ?」
「はい」
「覚悟はできてるんだな」
「はい」
コタロウの目は契約を望んでいた。
俺も今回のことがあって、契約をしておけばよかったと後悔した。
それだけコタロウが俺の中で大きな存在になっていたことに、いなくなって初めて気が付いた。
契約をしない理由はどこにもなかった。
俺はキッチンで果物ナイフを手に、リビングのソファーで待つコタロウの隣に座った。
「手を」
コタロウが右手を出した。
人差し指にナイフを軽く当て、スゥと引く。
切った場所から血が滲んできた。
ナイフをコタロウに渡し、左手を差し出す。
同じようにコタロウが俺の人差し指にナイフで傷を付ける。
血が滲む。
お互いの人差し指を合わせ、祝詞を唱える。
『我ら、血の契約の元、永遠の時を過ごすことをここに誓う』
ポゥとコタロウの左胸が光る。
服を捲ってみると、契約の紋章が刻まれていた。
これでコタロウが俺から離れることはできなくなった。
紋章に手を当て、感慨に耽るコタロウ。
どことなく嬉しそうに見える。
コタロウが戻ってきたお祝いは後日することにして、その日は簡単に冷蔵庫の食材で作って、寝る事にした。
夕方以降いろんなことがありすぎて、脳の処理が追いついていない。
仕事以上にかなり疲れた。
久々に抱いて寝るコタロウの抱き心地は硬くなっていた。
「コタロウ、硬い」
「仕方ないでしょう、大人になったんですから」
「柔らかい方がいい」
「いいですから、寝てください。明日も早いんでしょう?」
「そうだけど、怖いんだ…」
「怖い?」
「眠って、朝を迎えたら、コタロウが、いなくなってる、かも、しれなくて…」
眠気が最高潮に達した。
最後まで言う前に俺は眠りの国に誘 われた。
だからその後のことを知らない。
コタロウが俺のおでこにチュとキスをした。
「いなくなるわけないでしょう?あなたのことが出会った時からずっと好きなんですから」
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