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第5話

「先輩っ!僕が誰か分かりますか?」 「…工藤、声がでかい」 消毒液の匂いで充満した部屋。 すぐにここが病院だと分かった。 無理矢理起き上がる。 「コタロウは?」 「ここにはいませんよ?」 『あの出来事は夢であって欲しい』という願いは無常にも打ち砕かれた。 いつもうるさいくらい側にいるあの太陽のような笑顔がどこにもない。 「病院から連絡があって、もう丸三日寝てたんですからね」 「三日も経ったのか…」 「コタロウ君はどうしたんですか?預けてるんですか?」 「本当の飼い主の元へ行った」 「は!?」 「元々は飼い主が現れるまで飼い続けるつもりだったから、ちょうどよかった」 「…先輩、よくそんな顔でそんなこと言えますね」 頬を一滴の涙が流れていた。 慌てて拭ったが、後から後からどんどん溢れてくる。 「血の契約しなかったんですね」 「あぁ。あいつを縛り付けるみたいで、先延ばしにしていた結果がこれだ」 血の契約。 それは人間と獣人の飼育契約という人もいれば、奴隷契約という人もいる。 要は主従契約のようなものだ。 簡単に手放そうとすれば、主従共に死んでしまう。 命を懸けた契約。 その契約をしていたら、コタロウは男の元へ返さずに済んだ。 何しろ、コタロウは男と血の契約をしていなかったから。 今回は俺の命を盾にされて仕方なく従ったまでのこと。 きっとコタロウの意志ではないはずだと信じたかった。 「とりあえず、半月は入院だそうです」 「そうか。世話になった」 あれこれと世話を焼いて、工藤は帰った。 半月経って、経過順調で無事退院することができたが、思わぬことが起きた。 今までコタロウがいた生活が長かったせいか、一人で寝られなくなってしまった。 入院生活中に不眠状態が続き、何度も錯乱状態になった。 睡眠剤を服用し始めてからは眠れるようになったけど、今一つ寝たという感じが得られない。 しばらくは心療内科に通院するになってしまった。 そんな俺の状態を見た工藤が『新しく獣人を迎えてはどうか』と提案してきた。 しかし、それを受け入れられる程今の俺の精神に余裕がなかった。 不安の方が大きかった。 『またいなくなったら、どうしよう』 その思いがあの恐怖に繫がって、不眠に陥ることもたびたび起こった。 あんなに最初は引き取ることが嫌だったはずなのに、知らない間にコタロウがいることが当たり前になっていた。 一人でいることがこれほど寂しいなんて思いもしなかった。 『こんな思いをするなら最初から飼わなければよかった』 コタロウを拒絶するようになった。 そこから俺の中のコタロウに関する記憶が徐々に薄れ始めた。 人間の本能なのか、俺の中でコタロウとの生活が嫌なこととして判断され、記憶を消去していた。 でも、俺は気にしなかった。 それで前の生活に戻れるなら、記憶なんていらない。 年を明ける頃になると、コタロウのことは綺麗さっぱり記憶から消えていた。 コタロウと過ごす前の生活に戻れる程に。

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