4 / 6

第4話

季節は廻り、人間と獣人の二人暮らしを始めて、初めての春が訪れた。 コタロウは今はあの頃の面影を探す方が難しい程にいい男に成長した。 背も俺を超えて、見下ろされることが切なく感じる今日この頃。 精密検査の結果、コタロウは猫の獣人だった。 獣人はそれぞれの動物と同じような成長過程を経る。 コタロウの成長だと多分今は一歳くらい? 俺からしたらまだまだ子供にしか思えないけど、大人だと言ってくる。 最近では自分のことも自分でできるようになってきたし、少しずつ手伝いもできるようになってきた。 食器運んだり、出した物を片付けたり…。 食器は割れたら大変だから全部プラスチックに替えた。 出した物のほとんどがコタロウのおもちゃ。 それでも、以前は全部俺がやっていたから、それからしたら随分成長したものだ。 「ご主人、あれ何?」 コタロウが指さす方にはピンクの絨毯が風に煽られて揺れていた。 「桜だ」 「さくら?」 「綺麗だろう」 「うん」 「今度花見に行くか」 「はなみ?」 「簡単に言うと、桜を見て弁当やらお菓子やら食べることかな」 「するっ!」 コタロウは余程嬉しいのか部屋の中で飛び跳ねて喜んでいる。 花見に必要な物を今のうちから買い揃えておかないとと、頭の中で買い物リストを整理した。 週末、花見をしに少し足を伸ばして、中央公園までやって来た。 ここらでは一番の有名花見スポット。 週末ということも手伝って、かなりの人間で溢れ返っていた。 「コタロウ、はぐれるといけないから手繋ぐぞ」 「うん」 やっとの思いで人ごみを通り抜け、着いた先は俺だけが知っている隠れスポット。 ここに来る人は滅多にいない。 「ここならゆっくりできるだろう」 「誰もいないね」 「秘密の場所だ」 「秘密の場所ぉ~っ!」 あちこち走り回って風景を堪能しているコタロウを見ていると、最近癒されることに気付いた。 アニマルセラピーとかいうやつだろうか? 最近は仕事が忙しかったから疲れが相当溜まっている。 コタロウはいい癒しだった。 「ご主人、お腹空いた」 いつの間にか走り回っていたコタロウが側に来ていた。 時計を見ると、もう昼を過ぎている。 「弁当にするか」 「うん」 獣人は動物ほど食べ物に気を遣わなくて済むから楽だ。 例えば、猫は玉ねぎを与えてはいけないというが、コタロウは平気な顔をして食べている。 中でも肉が好きなようで、唐揚げは好物だった。 折角外で食べるんだからと、簡単に食べられるおにぎりと唐揚げのみ持って来た。 ニコニコしながらガツガツ食べてくれるんだから、作り甲斐がある。 弁当のほとんどがコタロウの胃に消え、午後もしこたま遊んだ。 そろそろ日が暮れてきた。 「コタロウ、そろそろ帰るぞ」 「まだ遊びたい~」 「今から帰れば家に着く頃には暗くなるんだから」 「また来れる?」 「あぁ。また来よう」 「それなら帰るっ」 ぶつくさ文句を言っていたコタロウをうまく(なだ)め、公園をちょうど出た時だった。 「コタロウ?」 振り返ると、ガリガリに痩せ細っていて、歯もまばらで、青白い顔をした、俺と同じくらいか少し年下の男がいた。 その声に過剰に反応したのはコタロウ本人だった。 顔が真っ青だった。 目の焦点が合っておらず、ガタガタと震え始めた。 コタロウを守るように俺の後ろに隠して、声の主に対峙した。 「どちら様ですか?」 「アンタこそ誰だ」 「俺はこの子の飼い主だ」 「俺もだ」 【拾ってください】と書いた段ボールに入れてコタロウを捨てたのが、この男。 それを今更飼い主なんてどの面下げて出てきたんだ。 頭に血が上ったのを感じた。 「ふざけんなよ。アンタ、コタロウを捨てたじゃないか」 「それは仕方なかったんだ。あの時は育てる金がなかったから」 「それで今更出てきて飼い主面するのかよ?」 「コタロウ、一緒に暮らそう?」 「おい、今は俺と話してるだろうがっ!」 「コタロウ、おいで?」 男は俺との話を無視して、コタロウに近づき、話し掛けている。 コタロウは俺のジャケットをギュと掴んで、依然として震えるばかり。 いつもならジャケットが皺になると怒るけど、今日はそんなことに構っていられない。 「コタロウ、行くぞ」 震えるコタロウの手を引いて足早に男から離れようとした。 しかし、そう簡単にはいかなかった。 「勝手に俺のコタロウを連れて行くなっ!」 背中にドンと何かがぶつかった衝撃を感じた。 腰あたりからだんだん熱さを感じ始めると同時に、痛みを覚えた。 その部分を触ると、ぬるりとした感触がある。 見ると、真っ赤な血だった。 男は隠し持っていたナイフで俺を刺した。 「コタロウ、俺の元に戻っておいで。じゃないと、こいつ死ぬよ?」 ビクリとコタロウの体が震えた。 コタロウの中ではこの時もう答えが出ていたのだろう。 ふらつく足取りで、ゆっくり男の元に歩みを進めるコタロウ。 「…行くな、コタロウ」 「ごめんなさい、今までありがとう」 引き留めようとした手首をやんわりと剝がし、男の元へ行くコタロウの最後の表情は泣き顔だった。 あんな顔をさせたかったわけじゃない。 これからももっと楽しい思い出を作ってやりたかっただけなのに。 どこで歯車が壊れてしまったのだろうか。 まるでコタロウの涙のように雨が降り始めた。 雨が全身に降り注ぐ。 当たっても痛くないはずの雨粒なのに、今に限っては切りつけられているように感じた。

ともだちにシェアしよう!