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第3話

「ん……」 朝日の眩しさで目が覚めた。 久々にぐっすり寝られた。 ここのところ、仕事が忙しくて仮眠程度しか寝られなかったというのもあるが、最大の要因はこいつの温もりだ。 起こさないようにそっと頬に触れると、体温が戻っている。 子供体温だからか、抱いているとポカポカして気持ちよくなってくる。 まだ朝晩は冷え込むからちょうどいい。 俺が触れたせいで、こいつも起きた。 「おはよう。ゆっくり寝られたか?」 「あwせdrftgyふじこ…っ!!」 相当慌てていたのか、まともに言葉を発声できずに俺を突き飛ばした。 リビングに置かれたソファーの影に身を隠し、フゥーと威嚇してくる。 その様子はまるで猫のよう。 「悪いことはしない。約束する。おなか減ってないか?」 なるべく怖がらせないように近づくが、効果はない。 余計に威嚇が酷くなるばかりだった。 「おはようございます、先輩」 「工藤…助けてくれ…」 さすがにこの状況は一人でどうにかできる自信がなかった。 「起きたんですね」 「起きたんだが、ずっとこの状態だ」 「…多分こうなったのは前の飼い主のせいですね」 工藤によれば、人間に懐かない獣人は飼い主による虐待を受けていることが多いらしい。 心身共に傷を負った獣人は人間を信用しなくなり、こいつのように近づこうものなら、なりふり構わず威嚇してくるという。 切なかった。 今のご時世、獣人を飼うことは割と一般的になったが、虐待目的で飼う人間も少なくない。 獣人愛護法という法律が近年施行されたが、これによって獣人が守られているかといえば答えはノーだ。 獣人の不審死なんて日常茶飯事だし、ニュースに取り上げられることもまずない。 それが獣人達の世界。 肩身が狭く、一人で生きていくには厳しい世界。 そんな世界だから俺の都合一つでどうにでもできてしまう獣人を飼うのが嫌だった。 だからこいつも飼うつもりはなかった。 「里親募集とかどうすればいいんだ?」 「先輩が飼うんじゃないんですか?」 「どうして俺が飼うんだ?」 「先輩が拾ってきたから」 「見つけてしまった手前、あの場所に放置したまま死なれては寝覚めが悪いだろう」 「それだけですか?」 「それだけだが?」 「……」 工藤は何も言わず、溜息だけついてキッチンに行ってしまった。 取り残された俺とこいつ。 そういえばこいつの名前、知らない。 虐待をされていたなら名前もないかもしれない。 それなら早く名前を付けてやらないと。 「お前、名前は?」 「…タ…ゥ」 「ん?」 「…コタロウ」 「そうか。コタロウか」 名前があると途端に愛着が湧いてきた。 「お腹減ってないか?」 「……」 コタロウは無言を貫いていたが、キッチンから漂ってくる美味しそうな匂いにお腹の方が先に音を上げた。 『グゥ~~~~~~~~』 離れていても分かるくらい盛大な腹の虫が鳴いた。 笑うつもりは一切なかったが、腹を抱えて涙を浮かべて笑った。 こんな風に笑ったのはいつ以来だろう。 涙を拭いながらコタロウに手を差し伸べた。 「ご飯にしよう。怖いことはしない」 コタロウは応じてくれなかった。 それどころか、差し出した手に噛みついてきた。 思いっきり歯が立っている。 ギリギリと音がしそうなくらい噛みついてくる。 それだけ以前の生活が辛かったということなんだろう。 無理に振り解くことはせず我慢した。 痛さで少し涙が出そうになったけど。 「大丈夫。痛いことも辛いことも、何もしない。コタロウにとって悪いことは何もしない。だからご飯にしよう」 まだグルルルル…と威嚇を解こうとしない。 「先輩、ご飯出来た…って何で噛みつかれてるんですか!?」 「俺とコタロウが仲良くするための大事な通過儀礼だからお前は手を出すな」 確信はなかったけど、これを乗り越えたらコタロウが俺を認めてくれるような気がした。 どれだけ時間が経過したか分からない。 ずっと噛みつかれて、神経が麻痺してきたのか、痛さを感じなくなってきた。 ポタリと一滴の血が床に垂れた。 途端にコタロウは顔を真っ青にしてソファーの影に身を小さくして隠れてしまった。 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」 「コタロウ?」 「ごめんなさい、もうしないから許して。痛いことはしないで…」 昨日の寒さでの震えとは違う、恐怖からくる震えで体がガタガタしていた。 そっとコタロウの体に触れると、ビクッとより一層身を縮こまらせた。 「コタロウ、ご飯にしよう?」 俺はコタロウに目線を合わせて囁いた。 コタロウの目にはまだ恐怖が居座っていたけど、これは時間が解決してくれるはず。 そっとまだ血が(したた)っている手とは逆の手を差し出した。 その手にコタロウはそっと手を重ねてくれた。 心が通じ合った瞬間だった。 「…手、痛い?」 「大丈夫。コタロウが心配することはない」 頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。 コタロウの手を引いてダイニングに移動する。 席に着き、コタロウを俺の膝の上に乗せた。 工藤が用意してくれたのは、大人はパンと珈琲とヨーグルトの軽食。 コタロウには、温かいコーンスープだった。 「コタロウ。嫌いな物あるか?」 「ない」 「これ、平気か?」 「多分大丈夫」 「熱いから気を付けて飲めよ」 小さい両手で大きなスープカップを握って、恐る恐る口を付ける。 「ぴゃっ!」 思った以上に熱かったようで、変な声を上げていた。 「熱いって言っただろう?」 「ちた、いひゃい…」 小さい舌をペロリと出して涙目で訴えてくる。 「工藤、氷一つ」 「はい」 小さいコップに氷と少しの水を入れてくれた。 「コタロウ、水ちょっとだけ飲め」 「ん…」 「氷、噛むなよ?舌の痛い所を冷やすんだぞ」 「ん」 氷を小さい口に放り込んでやると、痛い部分が緩和されたのか笑顔が戻っていた。 コタロウが持っていたコーンスープを持つと、大人の自分でも相当熱い。 多分コタロウは猫の獣人。 こんなに熱いのは飲めないはずだ。 工藤に拳骨を食らわせた。 「痛いじゃないですか」 「『痛い』じゃねぇよ。コタロウにこんな熱いもん与えてんじゃねぇよ」 「それでも、だいぶ水で薄めたんですけどね」 「俺が帰って与えるからいい」 「連れて行くんですか?」 「俺が親になる」 「里親が~とか言ってたのに?」 「うるせぇよっ!」 もう一発工藤に拳骨を食らわせてからパンに齧りついた。

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