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第27話
side晴海
やみくもに駅まで走って、電車に飛び乗った。
(どうしよう…)
(…どうしたらいい?)
心を落ち着けようと最寄り駅のコーヒーチェーン店に入った。
カフェオレをオーダーしたが、手が震えてカップが掴めない。
(凪が僕の知らない誰かといるのは普通の事なんだ…)
(…凪はいつか、離れて…)
(…僕から離れていくんだ…)
カフェオレを見つめる視界が涙で滲んだ。
「晴海くん」
名前を呼ばれ、肩が跳ねあがる。
驚いてじわりと溜まっていた涙がどこかへ消えた。
「…直樹…?」
切れ長の涼しげな瞳が僕を見下ろす。
最後に会ったのは2~3年位前だったか。
子供の頃、隣家に住んでいた橋本直樹だった。
「ずいぶん大きくなったね」
「何年前と比べてるの?」
大人っぽい笑顔で答える。
「まったくだ。確か凪と同い年だったよね?」
「ああ、あいつ。そうだね」
「凪といい直樹といい、背が高くて羨ましいよ」
そんなにいいことばかりじゃないよ、と答えて直樹は晴海の隣に座った。
すらりと伸びた手足はカウンターチェアーにすわる姿さえ絵になる。
「三年ぶりに親父の転勤でこっちに戻ったんだ」
「そんなにたった?どこの高校に行くの?」
「晴海くんと同じだよ」
校章のピンバッジを指で弾いてくる。
「学校が始まったらヨロシク、先輩」
何言ってるんだよ、と言って世間話を始めたら、さっき見たことを忘れられそうだった。
直樹は父親と二人暮らしで、小学校卒業と同時に父親の転勤で地方に越していった。
僕とは年が違ったせいかほとんど一緒に遊ぶことはなかったが、家が隣だったこともあり顔を見れば挨拶くらいはしていた。
直樹は同じ年頃の子供よりしっかりしていたと思う。
(今考えると、夜遅く帰る親を一人で待っていられる子供ってすごいよ)
自分は凪と二人だったから母の帰りを待つことも、大人のいない夜を過ごすことも出来た。
だが直樹は一人きりで過ごしていたのだ。
(僕らは似ていたのかも…)
直樹とは互いの近状をひとしきり報告しあい、別れた。
もうすぐ新学期が始まる。
一年間だけだが凪と同じ学校に通える。
胸に小さな痛みを覚えながらも気づかないふりをして、晴海は帰路についた。
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