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第6話
「あの、なぜ公子と公女の周りにあれほどの女官や侍従がいるのでしょうか?」
当然、アルフレッドとシェリダンにも女官や侍従は付いている。今もシェリダンたちが座る椅子の後ろに立って、何があってもいいように待機している。しかしその数はシェリダンの為に女官が三人、アルフレッドの為に侍従が二人。オルシアが特別少ないのではなく、サーヴェ公国が異常に多いのは、友好国であるバーチェラ王国などを見れば明らかだろう。
「異様に見えるが、サーヴェ公国ではあれが普通だ。今回は一応大国へ訪問する身だから遠慮してあの数なのだろう。普段はあれの倍は側にいるそうだ。公子たちは自分で何一つしない。靴を履くのも、落ちたものを拾うのも、すべて女官や侍従だ。彼らはおそらくカトラリーよりも重い物は持ったこともないだろう。装飾品の類は女官が持ち、公女たちに見せるのだという。決して自分で物を持つことはない。だからあれほどの側仕えが必要になる」
シェリダンは言葉を失くして固まった。パチパチと瞼だけがせわしなく瞬きを繰り返している。
シェリダンとて立場は王妃。女官に世話をされることは多々ある。湯上りに身体を拭かれたり、香油を塗り込められたり、お茶を用意してくれるのも女官たちだ。しかし落ちたものは自分で拾うし、物を見るときも自らの手で持つ。女官たちはあれこれ世話を焼いてくれるが、シェリダンもアルフレッドも自分でできることは自分でする。
謁見の時にラウン公子が親書を持っていたのは、それを差し出す相手が大国オルシア国王であるからなのだろう。
「……息が詰まってしまいそうですね」
シェリダンはこっそりとため息をつく。元々シェリダンは古い歴史を持つだけの貧乏貴族ゆえに下働きの者などおらず、誰かに傅くことはあっても傅かれることなどなかった。王妃となり、エレーヌを筆頭とする女官たちがあれこれ世話をしてくれるが、周りに三名から五名の女官がいるだけで、最初は辟易としていた。少しは慣れてきたとはいえ、あのようにまるで人壁のごとく女官や侍従が侍っていては息をつく暇もないだろう。しかしそう思うのはこちらだけで、彼らは産まれた時からその環境にいるのであろうから、それが普通で、何とも思わないのかもしれない。
「俺たちはな、そう思う。だがシェリダン、ひとつ気を付けておいた方がいいかもしれない」
珍しく曖昧な言い方をするアルフレッドに、シェリダンは首を傾げた。
「要請があったから、同盟は結んだ。こちらに利はないが害もないという理由もある。だが一つ懸念要素があるとすれば、あの女官や侍従たちだ」
ますますアルフレッドが何を言いたいのか、シェリダンにはわからなかった。実質的な利がなくとも、害もないのであれば同盟を結ぶことはよくある。それは貿易を活性化させるためでもあるのだ。そこは元々執務官であったシェリダンにもよくわかる。だが、なぜ女官や侍従が懸念要素になるのだろうか。
「あれらは人形だ。自らの意思は持たず、ただ主の命令に従う。どれほど主が道を踏み外す行いをしたとしても、それを諫めることさえしない。ただ従順に、なんの疑問も抱かず。それが彼らだ。だからな、この城内で公子や公女がよからぬことを考えた場合、あの二人に何の力も腕もないが、あの数の駒たちが手足となる。気を付けるに越したことはないな」
それはつまり、彼らが完全に安心できる相手ではないということか。アルフレッドは決して馬鹿でも愚かでもない。迂闊に動くことが大国と呼ばれるオルシアさえも完膚なきまでに崩壊させる道になってしまうことを彼は知っている。当然サーヴェ公国のことも調べ上げただろう。だからこそ、シェリダンにこのようなことを言うのだ。
シェリダンのけぶるような菫の瞳が一瞬光った。強いそれは、けれどもアルフレッド以外に気付いた様子もない。
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