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第1話 拒否権はない

夜の商店街、少年はギターを鳴らした。その音色にまばらに歩いていた人々が足を止める。しかしそれもつかの間、皆時計を確認して早足に去っていった。そんな寂しく孤独な演奏に、なぜか目が離せなかったマスクの少年がいた。演奏が終わると拍手を送る。拍手を受けたギターの少年は「…どうも」と一言声を発した。 「おはようございまーす!」昨日のギターの少年、日比谷明日駆。高校二年生。朝一番に教室に乗り込んだが、誰もいない。そんな彼の日課は毎朝の掃除だ。ほうきを取り出し鼻歌混じりに床を掃いていた。掃除に夢中になっていたその時、ドアをノックする音が聞こえた。明日駆はドアを開いた。 「はーい、どちら様ですか?…あっ」 その姿に明日駆は見覚えがあるようだ。それもそのはず。目の前にいたのは… 「日比谷明日駆くんだよね。俺、隣のクラスの桐谷真秀。昨日ぶりだな。」昨日のマスクの少年だ。名前を真秀と名乗った。 「それで、どうしたんですか?」明日駆が問いかけると、真秀は思わぬ答えを口にした。 「放課後、暇なら遊ぼうぜ。行きたいとこがある。話したいことも。」遊びの誘いだ。友達があまりいない明日駆には新鮮な誘いで、少々戸惑いながらも、 「は、はぁ…いいですよ…」と返した。 放課後、明日駆が隣のクラスを覗くと帰りの支度をする真秀の姿があった。 「あっ…!桐谷くん!」声をかけると、「そんじゃ行くかー」と明日駆の顔を見ることなく歩き出した。明日駆はそんな真秀の服の裾を掴んだ。 「ちょっと待って!」明日駆にはまだ用事があった。 「学級委員長の仕事でポスター貼りがあって…よければ手伝って欲しいなーなんて…」「ヤダッ」「即答だね」テンポよくさらっと断られたが、真秀は「とりあえず見てるから」と明日駆の後ろをついていった。 「よし、これで終わり!」最後のポスターを貼って、明日駆も待ち切れない真秀も学校を出る気満々だった。と、その時。 「委員長!」明日駆が後ろからクラスメートに声をかけられた。 「俺たちの宿題代わりにやっといてくんない?」「俺たち遊ぶので忙しいから!文字真似といてね!」 「…」明日駆は声を発することができなかった。またか、と思いつつ自分に対して情けないという感情も湧いて出た。それでも笑顔を取り繕って、 「分かった」と言いかけた時、明日駆の手から宿題のノートが取り上げられた。 「せーの…」いつの間にか真秀がノートを取り上げ、そのノートを勢いよく明日駆のクラスメートに投げつけた。ノートの角が脳天にクリーンヒットだ。 「桐谷くぅーん!!!」明日駆も思わず叫んだ。明日駆のそんな様子を気にもせず、 「逃げるぞ」と言って明日駆と二人、学校を逃げ出した。明日駆は疲れ果てつつも、真秀が自分を守ってくれたような気がして悪くないような、そんな気分になった。 二人は逃げ出して、目的地に向かうためのバスに乗り込んだ。落ち着いたところで話を始めた。 「ああいうのはもう慣れっこだよ。」苦笑いしつつ語る明日駆。 「人がよすぎてあんなバカがたかるわけか」「人がいい?そうかなー、あはは…」真秀の言葉に明日駆はまた苦笑いしながら答えたが、ため息をつき俯いた。 「お前、ほんと不器用だな。」呆れながら真秀は明日駆の方に近づく。 「俺みたいなのとダチになれよ」「…そうだね。」この時、出会ったばかりの二人に少しの友情が芽生えた。 「とうちゃーく」「ここは…カラオケ?」到着した先はカラオケ。ここで遊ぶようだ。 「あ、あとで俺のダチ二人と合流するから覚えとけ。」真秀がそう付け足した。自分とは真逆の人脈の広さに、明日駆はすごい人だなぁと感じた。 しばらく歌わずに喋るだけ喋っていると、部屋のドアがノックされる。 「おっ、来たか?」ドアを開いたのは、明日駆たちと同じ制服を着た男子二人。 「やっほー♪」「部活で遅れました。」そのうち一人は明日駆にも見覚えがある顔だった。 「えっと、確か隣のクラスの…」「オカ研部長の川山海でーす。」川山海と名乗った。真秀のクラスメート、オカルト研究部の部長らしい。 「で、そちらは?」もう一人の見覚えのない方の男子にも問いかける。 「同じくオカ研の1年A組、藍井蒼です。」「あおい、あおい…?」「苗字でも名前でも好きな方で呼んでください。」明日駆たちの一つ下、1年生のオカルト研究部部員、藍井蒼と名乗った。 「そういえば真秀、明日駆くんにアノ話したの?」そう海が真秀に問いかけると、「いや、お前らが来たらしようと思って。」と返す真秀。「してなかったんですか?日比谷先輩驚いちゃいますよ。」話の筋が一人だけ掴めない明日駆は戸惑う。 「えっと…皆、何の話してるの?」明日駆がそう問いかけると、海が答えた。 「え?何って、それはもちろん…俺たちのバンドに入らない?って話。」「バン…ド?」唐突な提案に明日駆はきょとんとする。 「お前に拒否権はないぞ。」真秀が一言付け足した。 「いい…ですよ。」「ってええ!?即答だね!?もう少し考えて!?」頼まれたら断れない性格の明日駆は即答してしまった。その様答えに海も驚きを隠せない。でも、明日駆にもすぐにそう答える理由があった。昨日の夜、商店街でギターを弾いていたのも、バンドマンになる夢があるからだ。話の続きを聞く。 「それで、僕をバンドに誘ったのはどうして?」「んーと、海、とりあえず説明しといて。」「丸投げ!?」丸投げされた海が明日駆に説明を始める。 「バンドと言っても実は期間限定なんだ。」「期間限定?」「文化祭で『校内金のアーティスト決定戦』っていうのがあって、それに出たくてギターの人を探してて、君を真秀が見つけたというわけ。俺はベース、蒼はドラム、真秀はボーカルね。」一通り説明を聞いた明日駆は自身の事情を語る。 「じ、実はそれ僕も出たいと思ってて!ただバンドやってる友達がいないから一人だと出れなくて…よければ仲間に入れてほしいな!」「お、じゃあメンバー入りか。」「やったー!」明日駆のメンバー入りが決定した。皆歓迎ムードだが、真秀の『歓迎』は少しずれているものだった。それもそのはず… 「そんじゃまぁひとつ…」そう言って今まで顔を覆っていたマスクを顎下にずらした。 「よろしく。」明日駆の眼前、いや、顔を密着させるくらい近づけたと思うと、あろうことか二人は唇を重ねていた。海も蒼も、そして誰より明日駆はしばらく思考がフリーズして、数秒後に、 「き、桐谷くぅん!!?」とカラオケルームに収まりきらないほどの叫び声をあげた。

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