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第18話

 浄水章良、十九歳 身長194㎝ 体重76㎏ 肌は日焼けしているが、焼けてい無い場所は標準色 髪は明るい茶色 虹彩は青とも緑とも言えない色と茶色が混ざった不思議な色 本人談では生まれも育ちも日本で英語は全く話せない……らしい。  彼は不思議な魅力を持っていると思う、人が必死で作り上げ護っている壁を、何も無かったかの様にヒョイと超えて来て、いつの間にか僕の中に入り込んでいた。  告白されてから三日が過ぎたが、彼からは一度も連絡は来ない。  僕が答えを出すまで待つと言ったのは、おそらく本気だろう……正直……とても嬉しかった。他人からここまでストレートに好意をぶつけられたのは初めてで、これは彼が若いと言う事も一つの要因としてあるのだろうと思う。  あの日以来、あれだけ孝史の影に怯えていたのが嘘の様に気持ちが楽になった。  僕は……彼の気持ちに応えても良いのだろうか……。  ゴロゴロゴロゴロ……ガラガラガラ!  共同温泉の窓から見える空が何度も光、その数秒後に腹の底から響く様な音が鳴り響いている。幾分遠くになった雷鳴だが、ゲリラの様に降り出した雨は、まだ上がってはいなかった。  真琴が窓枠に肘を置きながら、ぼんやと物思いに耽っている。かれこれここで一時間以上足止めをくらっていた。  今日は風呂の帰りに、商店へ頼んでいた商品を受け取りに行く事になっているが、その約束時間も過ぎてしまっており、電話を掛けようにも携帯を店に忘れて来ると言う失態を犯している。もうここ数日はこんな風に心ここに有らずと言った状態が続いていた。 「浄水君……今頃は寝てるだろうか……」  スマートフォンを持って来ていたら、電話してしまっていたかもしれない、そう思うと店に忘れて来た事は良かったと思えた。  突然どうしようもなく逢いたくなったり、逆に逢いたくなかったり、もう自分で自分の気持ちが解らなくなっている。  ゴロゴロ……ゴロゴロ……雷鳴が遠くに去ったと同時に、あれだけ暗かった空が割れ、夏の日差しが刺す様に地上を照らし始めた。夏草に残った雨水がキラキラと輝かし始めたと思った瞬間、鳴りを潜めていた蝉がまた鳴き始めた。  真琴は脱衣場のベンチから立ち上がり、アルミのサッシ戸を開けて外に出た。そのままメイン通りまで下りると、目の前には海が広がる、さきほどこの島の上に居座っていたと思われる雷雲が海の上に垂れ込めているのが見え、雨の境界線が良く解った。  そのまま暫く歩き、またメイン通りから山手に二本ほど通りを越えた所にある植田商店へと入って行った。 「こんにちは、すいません急に雨が降って来て温泉の脱衣所で雨宿りしてました」 「マコさん、いらっしゃい、風呂行っとんたね」 「はい、お願いしてた物を取りに来ました」  真琴がそう言うと、圭子が商店の隅に置いてあった袋をレジのあるテーブルの上へ置き、貼り付けてあった伝票を見ながらレジを打ち込んで行く。 「さっきは短かったけど、凄い雨じゃったね。店の横の道が川みたいに水が流れとったよ……えーと、じゃあ二万と……四千八百円やね」  真琴が持っていた封筒の中を確認し、封筒のままお金を渡し領収書を受け取る。 「ええ、脱衣場の屋根がトタンなので雨の音と雷の音が凄かったです……あ、桃」  真琴がレジ横にある野菜や果物が置いてある場所に、赤く色づいた桃がある事に気が付いた。 「マコさん、桃が好きじゃったねぇ」 「はい、実は食べ物の中で一番好きかも」 「そうかい、そりゃ良かった! この桃は今朝定期船で着いたばっかりだで、信照と食べたけどほんとうまかった、マコさんはまだ食べとらんの?」 「え? まだ食べてないって……僕は初見ですよ、買って帰ろうかな」 「あれ? 今配達に出よるけど、信照がアキちゃんと港で話しよって、桃を見てマコさんにって三つほど持って行ったっ言うとったけど、アキちゃんはまだ渡しとらんかったのね」 「浄水君が?」 「そう聞いとるよ」 「……圭子さん、ありがとうございました! これ確かに受け取りました!」 「あらあら、あがいに慌てて、どうしたんかね」  何か思い出した様に、真琴が荷物を小脇に抱えて店を飛び出し走り出した。自分が共同温泉に出かけたのが今から三時間前、恐らく入れ替わりで章良が店に来ていただろうと言う事が解る。留守だと解りそのまま辰朗の家まで戻っていれば良いが、章良の性格からしてそれは無いと言う気がする。  植田商店から店までは、家と家の隙間にある狭い裏路地を抜けるとほぼ一直線に帰れる。真琴は、まだ坂道を薄い膜を張る様に流れる雨水を避ける事もせず、狭い路地を走り抜け、店のある路地を曲がった。 「浄水君!」  店の入り口の前に立つのは、想像していた人物で、駆け寄る真琴の姿を見てほっと目尻を下げるのが解った。 「マコちゃん、おかえり」 「た、ただいま……それよりもしかしてこの場所でずっと待ってたの?」  まるで今海から上がって来たかと思うほど、色素の薄い髪からポタポタと水滴を垂らしている。店の入り口の上には屋根があったが、杉の板で作られた申し訳程度のひさしでは、さっきの様な豪雨には雨宿りするには無理があった。 「うん、これさマコちゃんに食べさせようと思って持って来たんだ」  そう言って差し出した白いビニール袋の中には、大きな桃が三個入っている。 「もも……」 「そう! さっき船に忘れ物して取りに帰った時に信照が定期便から受け取ってるの見てさ、マコちゃん前に桃好きって言ってたから持って来たんだ」 「浄水君」  全身ずぶ濡れなのに、差し出された桃は少しも濡れて居ない。軒先にこの桃を入れて、自分は濡れていたと言う事が解った。前に一度だけ桃が好きだと言った事があったかもしれないが、それを章良がずっと覚えていてくれた事がとても嬉しい。 「桃なら食欲無くても食べれそうだし、まだ信照に言えば残ってるかもしれないから、食べれたらまた持って――っ……マコちゃん?」  真琴は雨で濡れそぼった章良の身体に抱きついた。その突然の事に驚いた章良が言葉を飲み込み、両手を広げたまま自分に抱きついた真琴を見下ろす。章良の視界には真琴の頭の旋毛が見え、抱きついた身体は温かかった。 「……ありがとう……桃大好きなんだ、でもそれを覚えてくれてた事が凄くうれしいよ」 「……うん、マコちゃんお風呂入って来たでしょ、石けんの匂いがする。せっかくお風呂入って来たのに、俺に抱きついてたら濡れちゃうよ?」  章良が優しく真琴の肩を押して、自分から真琴を離す。 「待って、今新しいタオル持って来るから」  真琴が慌てて店の入り口に鍵を差し込みクルクルと回し、引き戸を開けて店の中へと入って行くが、章良は中へは入らずに外から声を掛ける。 「いいよ! 俺このまま走って帰るから、今日は桃を持って来ただけなんだ」 「でも、風邪引いちゃうと駄目でしょ」  真琴が慌てて引き返して、風呂場に持って行き一度使用したタオルを慌てて章良の頭に乗せた。 「大丈夫大丈夫! じゃあ俺帰る!」  真琴が止めるのも聞かずに、章良はそのまま真琴が渡したタオルを首に掛け走って行ってしまった。逢う度に日焼けし逞しい海の男に成長している章良の背中を見送り、まだ手に持っていた桃の入った袋に視線を落とした。  ◇◇◇ 「ただいま!」 「おう、帰ったか……なんじゃその格好は、ずぶ濡れじゃのぉ、直ぐ風呂入って来んさい、マコさんとこ寄ってたんか?」 「うん、桃がさ今日入ってて美味そうだったから差し入れして来た、そしたら雨が降って来たから、雨宿りしたんだけどパンツまでずぶ濡れになっちゃった!」 「そうか、さっき多田から電話があってのぉ、船の調子が悪いけぇ、今夜の漁は無しになったんじゃと」  玄関で服とズボンを脱いだ章良が、濡れた服を抱えて家の風呂場へと向かいながら、辰朗の顔を見て何度か頷く。 「ああ~、昨夜エンジンの調子があまり良く無いってトシさん言ってたな、じゃあ今夜は休みって事?」 「そうじゃのぉ、そうなりんさんな」  解った、そう返事をして章良はそのまま家の風呂へと入って行った。湯船には湯が張ってあり、帰って来たら直ぐに風呂に入れる様にしてくれている。これは辰朗が漁師をしていた頃からずっと変わらずだそうだが、実質今この家で漁師をしているのは自分だけな為、章良はそれがとてもありがたく、何の気兼ねもせずに過ごさせてもらえる、これまで何人もの十代の子供を受け入れて来ただけあり、ここがまるで実家の様に感じていた。  風呂から上がり、上半身裸のまま襖を開けてリビングになっている部屋へと入ると、辰朗とその息子で、漁師でもある透也が来ていた。 「透也さん、この時間に珍しい、なんかあった?」 「いやいや、近くに来たけぇ寄っただけじゃ。アキ坊、敏之さん所で頑張っとるじゃないか、敏之さんぶち褒めとったよ」 「うお! マジで?」 「マジだマジ、そうや、おれが使うとった原付バイクまだ車庫に入っとるんじゃけど、動くはずじゃけぇアキ坊免許もっとるなら乗ってええでぇ」 「あざまーす!!」  章良が、湯飲みにテーブルに置いてあるヤカンから直接麦茶を入れて一気に飲み干した。 「近頃また見慣れん船が違反しとるんじゃげな、たちまち海保も夜間に巡視船は出す言いよるけど、事故になる恐れもあるけぇ注意でんとって話とったんじゃ」 「ふぅん……夏休みだからかな?」 「それもあるな、毎年7月から8月まではどがぁしても観光やら個人で持っとるクルーザーっちゅうものから、普段は船を動かさん者が操船しよる。当然、慣れんものじゃけぇ、入ってはいけん航路やワシらみたいな漁船や定期船の航路を妨害してしまう事も起きがちになる。こちらが気ぃつけちゃるしか無いんじゃがな」 「それだけじゃのうて、あわびやさざえを狙うた密猟者も出没する。ごっそりやられてしまうんじゃ、いくら夜中に見回っても、岩陰に隠れて上手う逃げるけぇな」  こちらの方言にも慣れて来た章良は、親子の会話を聞きながら何度も頷いている。まだ船に乗って二週間も経っては居ないが、漁師の大変さと楽しさがようやく解って来ており、このまま漁師になっても良いかもしれないとさえ思っていた。 「のう、アキ坊は、ずっと敏之さん所でてごするのか?」 「いや、はっきりとは決めて無いけど、最初言ってたのは二週間かな。今日で十日だから木曜まで」 「そうか、まあ仕事が気に入ったならいつでも声かけろ」  そう言って透也は帰って行き、辰朗も寄り合いがあると言って夫婦揃って出て行ってしまった。一人家に残された章良は、夜の仕事も無くなり久しぶりに休みになったが、この島の中で遊びに行く場所があるわけでも無く、自室へと籠もる事にした。  章良は、真琴がいるかぎりこの島に腰を据えると覚悟を決めていた。告白して答えは何時までも待つと言った事は決していい加減な気持ちでは無く、自分のこれからの人生をかけるつもりでいる。  携帯の通信を開通させてから、もう既に兄や出版社から何通ものメールが入っており、それに対して何処にいるかは伏せているが、連絡はとれる様にしてあると返信をしていた。  新山齋として次に発行予定だった本は延期となっており、その理由が体調不良で長期入院とされていた。新山齋のゴーストライターである自分が失踪している限りは、この状態のままだと兄からのメールには記されてあった。  無責任だと思わないのか、そう言われるだろう事は予想出来たが、何故か兄からは意外にも淡々とした内容で、逆に章良を心配している素振りまで見て取れる。これが本当の兄の気持ちなのかもしれない、だが、今はこの大切な場所を明かす気にはならなかった。  章良は部屋に置いていたスマートフォンを開いて、また入っているメールに目を通す、羅列している相手の名前に真琴の名前があるのでは無いかと毎回期待しているが、真琴からの連絡は入ってはおらず、小さな溜め息を付いてそのままゴロンと畳の上へ寝転がる。 「なにが何時までも待つ……だよ、未練たらたらじゃねぇか俺」  かっこわりぃと独りごちて天上を見上げ、そのまま天板の模様を見ている内に、知らずと眠りに落ちていた。  ブー、ブー、ブー、ブー、突然手の中でスマートフォンが震え出し、仕事の時間のアラームだと思い章良がアラームを切ろうとディスプレイを覗いた。 「マコちゃん!!」  画面には【坂下真琴】と表示されており、思わずまだ自分が寝ぼけているのかと思い、二度見するが、やはり画面には真琴からの着信が表示されている。章良は急いで受話器マークを押した。 「もしもし?」 (あ……浄水君、よかったまだ仕事に出て無かった)  電話の中から聞こえて来たのは、紛れも無く真琴の声で、章良は何故か緊張しゴクリと生唾を飲む。 「えっと、まだ家って言うか、今日はトシさんの船が調子悪くて休みになったんだ、だから今夜は海に出ないよ」 (幸徳丸が? そう……今は稼ぎ時だから、多田さんも痛手だね) 「うん、そうだね」   (今、電話してても大丈夫?) 「大丈夫、何かあった? まさかアイツから連絡あったとか!?」 (ううん、孝史からは何も無いよ……今夕飯に桃を食べてたんだ) 「どうだった? 甘かった?」 (うん、凄く美味しかった……食べながら浄水君にお礼が言いたくなって……ごめんね、こんな事で電話して、でも美味しかったよご馳走様でした) 「そっか、良かった……どんな事でも良いよ、マコちゃんが電話してくれて、俺もすごく嬉しい、あ! そうだタオルを返さなきゃ」 (ああ、そんなの何時でも良いよ、そのまま浄水君が使っても構わないし)  耳元ゼロ距離から聞こえる真琴の声、今直ぐにでも店まで行って抱き締めたいと言う衝動が湧き上がって行く。章良は手にしたスマートフォンをもれでもかと言うほど耳に押しつけた。 「……じゃ、じゃあ暫く借りとく……マコちゃん……」 (なに?)  今からそっちへ行っても良い? 章良はその一言が言えず言葉を飲んだ。 「……一人で寂しくない?」 (……え?) 「俺は辰っちゃん所に居るし、夜はトシさん所で船乗ってるけど……マコちゃん一人じゃん……」  章良の言葉に対してどう答えようかと思案しているのか、電話の向こうで真琴が短く息を吸い込む音が聞こえる。 (……良く……解らないんだ……正直寂しいって思う時もあるけど、元々ずっと一人でここに住んでたし、一人の方が気楽だと思う時もあるよ。自分が一体どうしたいのかずっと答えは出ないままなんだ……これまで、自分の気持ちに蓋をして見ない様にしてたツケが回っているのかもしれない。自分自身の気持ちがずっとフラフラしてて……一体どちらが本当の気持ちなのか解らないんだ) 「……そっか、慌て無くて良いよ。マコちゃんはこれまでずっと色んな事を我慢してたんだから、マコちゃんのペースでゆっくり行こう、俺ちゃんと付き合うしさ」 (……はぁ~~……浄水君は凄いなぁ) 「何が?」 (浄水君の言葉は、いつも僕が欲しかった言葉をピンポイントでくれる……僕自身その言葉が欲しいなんて思ってもいないのに、与えられて、ああ僕はこの言葉が欲しかったんだっていつも後から解るんだ……今もそう……さっきまでちょっと昔の事を思いだしてて、気持ちが落ち着かなかったんだ……でも……) 「落ち着いた?」 (……うん) 「そっか、俺の言葉でマコちゃんが楽になるなら俺も嬉しい」 (ごめんね、変な電話で……桃とても美味しかった、ありがとう) 「どんな電話でも、俺はマコちゃんの声が聞けるならなんだって良いよ、何時でも電話して、もし逢いたいって思ってくれたなら何時でも呼び出して、海を泳いででも駆けつける!」 (ふはっ、泳いで来るの?) 「マコちゃんのご指名なら、漁の途中でも泳いで行くぜ!」 (ありがとう、なんだか元気が出た……また電話する……) 「マコちゃん、大好きだよ」 (っ…………ん……うん)  電話の中の真琴が息を飲む音が聞こえ、数秒の沈黙の後、少し艶を帯びた様な声で返事をした。そのまま何となくお互いの事を話て電話を切る、結局一時間ほどの電話だったが、実際対面して話すのでは無く、ダイレクトに耳の側で拾う真琴の声が、僅かな息づかいが、とても生々しく感じた。 「……やべぇ……チンコ痛てぇ……」    通話の切れたスマートフォンを床に置き、壁に凭れながら穿いていたズボンとパンツを下げると、完全に勃起したペニスが跳ね上がる様にして顔を出す。章良は慣れた手つきでペニス全体を左手で掴み、そのままゆっくりと上下に摩擦して行く。 「……っは……ああ……はぁ」  刺激を待ち望んでいたかの様に、ペニスの先から透明で粘着性のあるカウパー液が滲み出し始める、滲んだ体液を親指の腹でヌチヌチとカリ溝へと伸ばすと滑りの良くなった指先の刺激に、思わず声が漏れた。 「ああ……ァ……ヤベぇ……」  これまで男として普通に自慰はしていたが、何時も高まる材料として使っていたのは、同級生から回って来たAVビデオだった。その時は映像を見て興奮していたが、そこに感情移入は無く、ただの箱の中の映像と言う感覚だった。だが、今章良の頭の中には、真琴の姿が浮かび耳元で聞いた息遣いや吐息が繰り返し響いている。  浄水君……真琴が自分を呼ぶ声が、あの二階で見た真琴の乱れた姿と重なって行く、こんな事考えてはイケナイと頭の隅では警笛を鳴らしているが、膨れ上がった性欲と、手の中でビクビクと跳ねている熱いペニスは治まる気配は無かった。  クチュクチュクチュ、ヌチャヌチャ 「はっ、は、ああ……はァッ、はッ…………んんッ――――!」  膨れ上がった欲望が弾け、指の隙間から精液が数度に亘り吹き出して、床に置いてあったスマートフォンの黒い画面に白い模様を描いた。 「はっ……はっ、は……はっ……」  断続的に腰が動き、声が漏れる。章良がそのまま壁から横にずれて床へと倒れた時、フワリと知ってる香りが鼻腔をくすぐり、それが真琴から貰ったタオルだと言う事に気が付いた。 「……マコちゃん」  途端に罪悪感に似た空しさが湧き上がり、畳んで置いてあったタオルに顔を埋めて思い切り真琴の匂いを吸い込んだ。  ◇◇◇ 「ン……アァ……あっ……はァ」  コチコチコチと少し大きめの音がする振り子時計の音に混じり、部屋に充満しているのは、濡れた音と甘く熱い喘ぎ声。  夏用の薄い掛け布団を頭まで被った真琴が、暗い布団の中で身体をくの字に曲げて、自身のペニスを愛撫していた。  周りから完全に孤立した小さな空間は、真琴にとって安心する場所となっている。電話をしている途中から、真琴の下半身は反応をし始めて、切る前には我慢出来ずにズボンの上から半起ちになったペニスを触っていた。  とりとめの無い話をしながら、漏れそうになる吐息を何度も我慢していたが、電話を切った瞬間我慢出来なくなってしまった。  真琴は元来あまり性に対して淡泊だと言う自覚があった。孝史と暮らしていた頃は、常に孝史からのアピールで初めていたセックスだったが、一度も自分から性的に興奮した事は無く、セックスに対しては身体より気持ちの繋がりを確かめる手段だった所があった。しかし、章良と別れて暮らす様になり、章良の布団で寝る様になってから、こうして自慰行為をする様になった。  マコちゃん、大好き……脳に一番近い場所で囁かれる章良の声と息づかいが、通話を切った後でも脳内に残り繰り返し名前を呼ばれている。目を閉じればまるであの大きな身体に包まれている安心感と温もりを感じた。 「ん……あ、あっ、あ、アぁ……やっ……じょうすいくん……ハアア」  片手でペニスを扱き、もう片方の手はシャツの上からでも固く痼り起っている小ぶりの乳頭を弄る、カリカリと布越しに引っ掻くと、身体がビクビクと魚の様に跳ね、お腹の中がキュゥと収縮をするのが解った。 「アッ! ……そこ……気持ちイイ……ああッ……はぁ……もっと……」  真琴はペニスを摩擦する速度を上げながら、シャツを捲り肋骨の浮き出た胸を露わにし、直接指で桜色の乳首を摘まみ、強く引っ張りながら押し潰した。 「ああああああ――――――――いッ……イク、イクッ、浄水君ッ……イッ……ク――――ああああぁァアアア――――――!!!!!!」  絶頂に達した瞬間、頭の中が真っ白になり身体が硬直し、次の瞬間ガクガクと痙攣をしながら真琴は自分の手の中に吐精をした。 「ぁ……あ……あぁ……ん……はっ」  この日は何時もと違い、これまでに感じた事の無いほどの絶頂を迎えた、暫くしても断続的に身体をビクリと痙攣させ、波が去ると全身のが重くなり腕を上げる事さえ億劫で、そのまま布団の中で呆然と暗闇を見ていた。  ――マコちゃん、好きだよ――  最後に聞いた章良の一言を思い出し、次に逢ったら自分もそう伝えようと思った。 「……明日……来るかな……浄水君にちゃんと伝えなきゃ……」  真琴はそんな事を漠然と考えながら、いつの間にか眠りの淵へと落ちて行った。 「アキ坊!」  スパーンと言う音と共に一気に開けられた襖の音に驚き、章良が布団の上に飛び起き、何事かと声のした方を向くと、そこには血相を変えた辰朗が何やらチラシを片手に立っていた。 「え? え? なに?」 「今、透也が電話して来たんじゃが、大変な事になりよるぞ!」 「ど、どう言う事?」  章良が時計を確認すると、朝の4時を指していた。 「これを見てみぃ」  そう言って手渡されたのは一枚のチラシだった。 「……なんだ……これ……」 「これが、どうやら島中にばらまかれとるらしい、わしも、透也から聞いて玄関を出て確かめたら、門柱に貼り付けられとった!」 「いつの間に」 「昨日帰って来た時にゃあこがいな張り紙は無かったけぇ、おそらく夜中の内にやらかしたんじゃろう、一応この並びと裏の並びを見たが、おおかたの門柱に貼り付けられとる」 「俺、回収して来る!!」  章良が弾かれた様に部屋を飛び出し、原付きバイクの鍵を握り絞めて玄関から飛び出して行った。 「ワシと透也は西地区と南地区を回るけぇ、アキ坊は東から回れ!」  辰朗の声を背中で聞きながら、章良はバイクのアクセルを回し東地区へと走って行った。 「マコちゃん!!」 【続】  2019/08/05 海が鳴いている18  八助のすけ  

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