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第8話

「っあ、もぉ……ゃあ、だぁぁ……」  すすり泣きながら、佐藤は男に懇願していた。  強制的に腰を上げさせられた姿勢で指で舌で後ろを探られ、ローションなのか唾液なのか先走りなのか解らない液体に塗れていた。  溢れた涙は眦を伝わず、大粒で落ちていく。その行方でさえ、滲んだ視界では映し出せない。上半身を支える力のなくなった指は無意味にシーツのシワを深くする。 「……ぁ、……ぁあ」  以前横山との行為の後、誰とも寝てないほど身ぎれいではないが、それでもだいぶご無沙汰だった。だが、抜きあいだけでは終わらないだろうとも感じていた。 「……っひぃィッ!」  逸れた意識を(とが)めるように、内部に埋められた指にシコリを執拗に攻められる。  捩る腰は強い力に阻止される。背部に受ける口づけでさえ毒。時折摘ままれる胸元に、悲鳴を上げる。はじめは抑えていたはずの声は、閉じることを忘れた唇から漏れる。  ネクタイで戒められた放出が体内で暴れ狂い、霧散させようと振る頭もシーツに軽く髪の音を立てるだけ。 「……あきお、さん」  大きな手のひらに臀部をもみしだかれる。すべてを晒される。 「愛しています」  ぶれる視界。見上げる先では、弧を描いた口角を真っ赤な舌がゆっくりと舐め上げる。  たべられる。 「……っぁ、ぁあぁぁああっ!」  ――アツ、イ。  白く弾けた意識が戻った頃には、どこか遠くで嬌声が響いていた。 「……起きました、か……?」  抱えた何かに横山が歯を立てる。痛みによって、それが己の足であることに遅れて知らされる。 「……ぁ、ん……ぁあっ! よこ……っぁあ!」  滴る汗にすら、肌を震わす。  突き刺す動きから、探るようにして回される腰にのけぞってもがく。溺れて縋った腕は、自分と同じネツを持っている。 「ん、……ぅ、はぁ、ん……ぁ、ん……あ、ああ、あ、あっ」  動きと共に吐き出す息が早くなる。終わりが近いことにすら気づけない。  点滅する視界で男が微笑んだ。 「あなたを、愛しています」 「効いただろ、泣き落とし」 「……やっぱり、きみがそそのかしたのか」  横山らしくないと思ったのだ。 「キューピッドに散々な言い草だな」  軽快した腰に手を当てて、職場復帰した上司は満足げに口角を上げた。  とんだタヌキだ。 「きみはそんな可愛らしい者じゃないだろう。――どこまで知っているんだよ」  佐藤は呆れながら手にしたまんじゅうを割る。あ、つぶあん。 「人聞き悪いな。いい腕の右腕もできただろう?」  ジットリとねめつけたら、鼻であしらわれる。  意味を掴み損ねて、湯飲みを口に運ぶ姿を見守る。 「あそこまで話が大きくなるとは見込み違いだったが、あのプロジェクトは遅かれ早かれそっちに任せる予定だった。だから早めに横山を呼び寄せたところもある」 「……え?」  あらかじめ揉めることが解っていたというのか。  唖然とした佐藤に、上司はサラリと手の内を明かす。 「お膳立てはしてやったが、後はお前の力だ。やっと頭角を現したな」  コト。  湯飲みが置かれる音が、驚くほど大きく響く。 「いつまでも補佐の立場に甘んじているな。上に押し上げようにも伊藤名誉会長とも頭を抱えていたんだが、ちょうどいいように転んだ。基本的に会社には人材を遊ばせておく余裕はない。自己評価が低いのは新人の頃から知っているが、悲劇の主人公はそろそろ卒業しろ。待っていても白馬に乗った王子サマは来ないぞ」  静かに目を見開く佐藤とは対照的に、窓の桟に背を預けてフッと目元を緩められる。 「何年一緒にいると思っている。――まあ、高柳のような力と抑制だけの指導では、誰も続かないし身にならない。そこからお前はよくやっている」  まさか、気づいていたとは。新人の時の傷は、横山以外には話していないのに。むしろ月日が経って、やっと向き合えるようになったとも言える。  当時を知っているからこその言葉の重みに、じんわりと胸に広がるものがある。それも横山とのやり取りがなければ、上司の言葉も自分は流してしまっただろう。ただ、卑屈に捉えるだけで。 「お前が思っているよりも、他人はお前を評価しているってことだ」  そこはソレ、横山も過大評価しているが未だ自分の中に落とし切れてはいない別問題だ。 「……伊藤、名誉、会長?」  どこかで引っかかりを覚えて反復すれば、入職時に入れ違いでの隠退(いんたい)だったかと零される。 『そりゃ、人が居ない方が掃除は捗るからなぁ』  閃いた、目尻の深いシワ。忙しなく動かされる清掃道具。  ガツンと頭を殴られたようだった。  掃除のしやすさではなく、人の目という意味か。 「…………馴れ馴れしく、話して、いたよ……」  いつからだ?  知らなかったとはいえ、己の失態の大きさに佐藤は呻いた。  次からどんな顔して会えばいいのだ。 「フレンドリーなじいさんだから問題ないだろ」  さも他人事な上司は軽くいなす。 「……やられた。」  顔を手のひらで覆って嘆く。  監視員の目の届く範囲で泳がされていたのは溺れかけの新人だけではなく、自分も含まれていたということだ。人間不信に陥りそう。 「職員の相談役として、他の部署との顔つなぎは充分すぎるほどの成果がある。今まで誰にも持っていない強みだ。今後使えるモノは存分に使え。頼りにしているぞ」  細められる瞳に、本気を酌む。 「ただ年を食っただけの老人がのさばっているのでは先が見えている。くだらない旧体制から脱皮する時代になっている」  それは会社の体制だけではないだろう。この人自身が世間一般とされている性別では括れないことからも考え()ること。多様化する中で――というよりも、元からあったが『無いモノ』として、今まで多数から捻り潰され無視されてきた。それが徐々に顕わになったに過ぎない――イチ個人を見つめ直す必要があるというだけ。 「僕は」  視線が注がれるのを自覚する。 「自分のできることしかできないよ。自分にも他人にも甘やかす」  手の内の割ったまんじゅうのように。口腔内に広がる甘さを噛みしめる。 「ソレでいい。知っているだろうが『待つ』という行為は、多大な労力が伴う」  余裕がないと相手を待てない。手順を熟知しているならば、説明をするよりも自分で片付けてしまった方が断然早い。説明をする手間があるからだ。それは指導にも通じる。  先の予測を立てられる者はその分だけ、対策を立てる余裕ができる。  仕事ができるは、指導に向いている、とは必ずしもイコールでは繋がらない。 「てめぇの身の丈にあったモノしか合わない。下手に背伸びをするのも、背を丸めるのも見苦しいだけだ。ただ、色眼鏡をかけず見つめる視点が欲しい」  顎を引きながら肯定され、夫婦としていた時よりもだいぶ話し込んでいると、ぼんやりと思考を飛ばす。 「代わりに、あの男を存分に使ってやれ。そのために半ば無理言って、本社に送ったんだ」 「……え?」  声を漏らした佐藤に、上司は不遜な態度で言い放つ。 「まだまだひよっこだった横山なんぞに、安心してお前を任せられるか」  今はだいぶいい顔になってきたがな、と付け加えられる言葉に唖然とした。

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