24 / 24
第24話 境界線
ただ、西倉が好きだ―――という気持ちで、体の中がいっぱいになってしまう。
唇を合わせる事がこんなに幸せで、気持ちがいい事だと、まだ17の西倉に思い知らされている。止めなければならないと思っているのに、瞬の指は1ミリだって抵抗するために動く様子を見せない。
思考と行動が滅茶苦茶だ。
「―――はっ、」
ふたりの唇に隙間ができ、瞬の口から呼吸が零れた。息の仕方が分からない何て、中学生でもあるまいし。ただ触れるだけのキスで朦朧としながら、閉じていた目を開けると、西倉の姿がぼんやりと目に写った。
このまま抱きしめてしまえたら―――と、思うけれど。
「先生、好きだ。」
熱に浮かされているのは西倉もらしく、低く掠れた声を出す。
求められる事が嬉しくて、とても辛い。
拒否しなければならいのは分かっているが、せめて気持ちだけは―――、誕生日の今日だけは素直に伝えておきたかった。
―――ごめん。
「オ、レも―――、すき。」
「え?本当に?」
西倉がパァッと顔を輝かす。瞬は泣きそうになりながら笑い返し、延びてきた西倉の手を制した。
「うん、本当。でも、ダメ。」
「―――何が?」
「西倉とは付き合えない。」
言った瞬間に、ギリッと胸が締め付けられるように痛んだ。ちゃんと突き放すように、言えた事に安堵する。
―――これでいい。
西倉の為には、離れるのが良い。
こんなに心が震えるほど好きでも、いつかは消えていく感情だ。日吉の時だって、あんなに好きだったのに忘れてしまえたのだ。
瞬がそうだったのだから、西倉だってきっと簡単に忘れてしまえる。
それに、例え付き合ったとして、すぐにダメになってしまうだろう。隠さねばならぬような関係を、まだ若い西倉は厭い始めるに決まっている。
そんな瞬に、はぁ―――と、西倉が呆れたような溜め息を吐き出す。
「オレ、ちゃんと分かってますよ?オレが生徒だからダメなんだろ。だから、卒業まで待ちますって、言ったよな?」
まあ、待つって言っといて、キスはしたけど―――と、西倉がばつが悪そうにボソボソと言う。
「本気ですよ。卒業するまで待てるし、卒業してからだって先生との事、バレないようにできる。ひとつだけ約束してくれたら、オレ、ちゃんと待つ。待つから、先生も他のヤツと付き合ったりしないで待ってろ。」
西倉が何の陰りもなく自信満々な顔で笑う。
はっ―――と、呆れた風を装ったが、吐き出した瞬の息は震えた。
「待つとか、待ってろとか。キミ、健気なの、俺様なの。どっち?」
「何でだよ。健気だろ?卒業するまで、たまのキスで我慢すんだから。」
怖いもの知らずの若さが、愛しくて堪らない気持ちになった。笑いたいのか、泣きたいのか、感情がごちゃ混ぜだ。
―――そう、怖いのだ。
色々正当な理由を述べてみても、単純に西倉に嫌われるのが怖いのだ。大人になるほど、弱く臆病になる。
今ならまだ、傷は浅い。
「いいか、西倉。日本どころか世界へ行けるくらいに、キミには未来がある。例え卒業して付き合っても、できる限り人目を避ける必要があるだろうし、楽しい恋愛なんて出来ないかもしれない。男と付き合う事は障害にしか―――」
「大丈夫だ、先生。」
必死で話していると、ぎゅうぎゅうに握りしめていた瞬の手が、ふわっと温かくなった。上から、西倉の手が重ねられたのだ。
「オレだって、何にも考えてない訳じゃないって。普通のヤツから見れば男同士が、キモいって思われるのも、コソコソしなくちゃいけねえのも分かってる。でもな、先生といられるなら、オレは何でもいい。色々不自由があっても、先生と一緒にいれたらきっと幸せだ。」
西倉がニッと笑い得意気に言い放つ。
根拠など何もない。
ただの願望だ。
でも、バカみたいに楽天家の西倉に呆れたのか、それとも重ねられた手の温度に安心したのか、瞬の肩からゆるゆると緊張が解けていく。
我ながら単純だ。
もういいかな―――と、思う。
「まあ、最悪バレても、平気で跳ね返すくらいになってみせる。だって、オレ、天才だし。」
「ばか、調子に乗るな。」
どこまでも強気な西倉に、瞬は呆れ半分で笑った。もう半分は憧れにも似たような気持ちが沸いてくる。
ダメになる事を心配するより、ダメにならないように頑張ってみたい。そう、単純に思った。
―――あ~あ、信じられないな。
何だか、意固地になっていた自分がおかしくなってきた。西倉を言い伏せる気でいたのに、何故か反対に瞬が説得されてしまっている。
負けた気がしないでもない。少し悔しくて、とても嬉しい。
「仕方ないから、予約されてあげるよ。」
ふふん―――と、瞬が偉そうに笑うと、西倉の腕の中に包まれた。ぎゅうっと抱き潰さんとする勢いで抱きつかれ、堪らず西倉の背中を叩きながら、瞬は思う。
この恋を全力で守ってみようじゃないか。馬鹿みたいに、好きだと訴えるこの胸に誓って―――。
End.
ともだちにシェアしよう!